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クリエイター名  東雲朱凛
長め・ライト・ギャグ:『ホワイトアウト・デイ』

悲劇は2度起こる。
いや、彼が居る限りこれからも起こり続けるのだろう。



【ホワイトアウト・デイ】



捕食されもはや原型すら留めなくなった、ヒトであったその破片。
生も死も解らぬそのまま、腐り落ちた体躯。


とある地方の小さな村。
かつては穏やかな時間の流れたこの場所は、大量発生した魔物によって滅ぼされ、見るも無惨な情景を晒していた。

人間の生き血を吸い、屍肉を喰らい、繁殖するバケモノ達。
人々はことごとく彼らの食事や繁殖の床とされるか、そうでなかった人間達も生きた屍と化して壊れるまで使役され、最早其処に『生命』は無い。
訪れた旅人をもその犠牲とし、尚も繁殖し続ける魔物達──その地獄は、永遠に続くかのように思われた。


彼らは、その惨劇を止める為に訪れた。

流麗な東洋の剣技を操る剣士、フェンリル。
魔道の力を剣に乗せて戦う魔法剣士、杜屋有稀(もりや ゆうき)。
正確無比な射撃の腕を持つ、自称技術者《エンジニア》、スモーク×ホワイトアウト。
数々の風水術を司る術士、黒霞白雨(くろがすみ はくう)。
癒しの力で仲間を支えるパーティの料理番『コックさん』ことクライス・リンデンバーグ。
そして、有稀の双子の兄姉、剣士の杜屋有弥(ゆうや)と術士の杜屋有紗(ありさ)。


死に絶えた村。永遠に続く惨劇を、止める為に訪れた彼ら──

しかし、今や彼らは、その周囲に広がる『地獄』にも似た──否、そちらの方がまだまともなのではないかという錯覚さえ起しそうな酷い惨状を呈していた。


倒れたまま──ある者は座り込んだままその場を動けない、『生きた』彼ら。

泡を噴いている者もいれば、白目をむいて動かない者もいる。
その傍らに立つ少女は、青ざめた顔でその光景を見詰め、深く深く溜息を吐いた。 

あら皆さんそんなになるほど喜んで下さったんですか、などと前向きすぎて場違いな発言が傍らで聴こえた。
少女──有紗は、ちらりと、それをかました男──白雨を見遣る。

白雨は視線に気付いたか、今度は此方へと緋色の瞳を向ける。

「有紗さんもおひとつ如何です? 今日は本来男性が女性に贈り物をする日ですし」
「え? あぁ、いえ、私は…食品にアレルギーがあるといけないので……」

自分の笑顔は微妙に引きつっていたのではないだろうか。
けれど、何故かその言葉には理解を示してくれたらしく、それ以上手に持った物体を勧めて来る事はしなかった。

「残念ですねぇ」
「…私、食品のアレルギーは多いので…申し訳ありません、ね…?」
「いえ、体質では仕方ありませんものね」

今度は有紗サンでも食べれる素材を使いますので、ぜひ教えて下さいね?
悪気の欠片も無いその言葉に、有紗は苦笑を返すことしか出来なかった。


彼の料理の破滅的まずさは、今では関係者周知の事実となっているが。
彼が手に持っているそれはやはり通例通り、食物という分類をするには大いに規格を逸脱している感が否めない。


何をどう混ぜたらそういう事になったのか、というような恐ろしい色。
なんとも形容しがたい香りは、明らかに食物のそれではない。
通例焼き上がれば固形になる筈のそれから、汁がたれているところにも注目したい。

「…あの、念のためお聞きしますが、それはクッキーですよね?」
「え? 嫌ですねぇ、それ以外の何に見えるというんですか?」

クロは笑顔でそう言い切ったが、諸々の要因からしてそれは『クッキー』と分類されるものでは確実に有り得ない。
大体、ただのクッキーがこれ程の被害を及ぼすものか──倒れ伏したチームメンバー達を順繰りに見遣って、有紗は先程の出来事に想いを馳せた。







「皆さんがあまりに喜んで下さったので、また作ってみました。どうぞ」

男性陣全員がその言葉に凍りついた。


『また』という言葉の意味を説明するには、少々時間を遡らねばならない。
1ヶ月前にあたる2月14日、世間一般のバレンタインデーにあたる日のことだ。

白雨が日頃の御礼にと差し出した、浅葱、水色、真緑などなどの色とりどりのチョコレート。
…色とりどりなのは『チョコの包装』ではない。『チョコそのもの』が、色とりどりなのだ。


見た目だけでも十二分に危険なのだ、無論それを食べた後の彼らの反応は──言うまでもない。
食した人間にいっそ殺せとまで言わしめたその威力は、世界中のどんな生物兵器よりも凶悪ではないだろうか。

しかも、それでいて本人に自覚が全く無いあたりが、余計に性質が悪い。
そしてそうであるのに料理大好きというあたり、また救いようがない。



「感想をお聞きしたいので皆さん、是非今から食べて下さいね?」

なんですと。

呆気に取られる男性陣。
いち早く我に返った有弥が、ちょっと待って下さいよ、と慌てて云おうとしたが、顔の前に差し出されたそれの威圧感すら感じるにおいにうっと息を詰まらせる。

「さ、先ずは有弥クンからですよ?」
「なんで俺なんですか?!」
絶叫する有弥に、だって私有弥クン大好きですもの、などと色々と波紋を呼びそうな発言をかます。
完全に腰が引けている有弥は、それでもなんとか逃れようと後退──


することもかなわず、後ろから羽交い締めにされる。

 
「のぁ!?」
「折角クロはんがくれる云うてはるンやし遠慮せんと、な?」

羽交い締めにした張本人、フェンリルは申し訳無さそうな笑いを浮かべていながらも──腕の力を緩めてくれる事は無さそうだ。
ちなみにそれを止めようとした弟はスモークに威嚇射撃されて涙目。
そして、穏和なはずのコックさんも苦笑を浮かべるばかりで動かない。

どうやら身内外では「有弥=人身御供」の図式が完成しているようだ。

「ちょっ、俺はイケニエですか!?」
「…よく考えたら、有弥様だけ私の料理を食べていらっしゃいませんものね!」
「そうだな、丁度腹も減っている頃だろう?」
「遠慮せんと全部食ってエエで、有弥ハン!」

素敵に大義名分が立ったようだ。



「否、俺こんな物体食べるくらいなら──」
それ以上云わせんとばかりに、クロが口上たれる有弥の口に思いっきり例のブツを突っ込んだ。

人間の感覚閾値を軽く通り越したにおいもさることながら、口に入れたときの凄まじさは比較にならないくらい、これまた凄いものだった。
それこそその辺に転がっている腐った死体でも食ったらこんな味なんじゃなかろうか、というような。

ネチャネチャとした食感も、もはや食物では有り得ない。
涙目でそれを咀嚼し、何とか飲み込んで、そして。



有弥はずしゃりとその場に崩れ落ちた。


「あぁ! やー兄!!」
「…あー、やっぱり止めた方が良かったか…」

もの凄く今更だ。


有弥を尊い犠牲にした3人も、あまりの殺傷能力にただただ言葉を無くすばかり。
何やらぴくぴくしている有弥を有稀に引き渡したフェンリルのその目の前には──


「さあ、皆さんもどうぞ?」


物体を差し出すクロの姿。
何時もの笑顔が、今日は5割増で恐かった。









そして今。

蘇生しようとしているのか、このまま死に絶えようとしているのか。
彼らはぴくりぴくりと、末端から徐々に反応し始めている。

喜んでいただけて嬉しいです、などとやはり場違いな発言を飛ばしつつ、クロは5人の犠牲者を暖かい目で見守っている。
そんな折、有紗にできることは、生き血を求めてやってくる死体共を自身の魔術で灰にする事くらいであった。



法則すら捩じ曲げて吹き荒れる魔力の奔流。

その炎は、さながら5人の尊い戦死者への弔いの火であるようにもみえたという。
 
 
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