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クリエイター名 |
壱岐 イチヤ |
サンプル
「ほんじゃま、オレ行くわ」
海緒月は気だるそうに欠伸をし、病院のベットの上で上半身を起こしたまま、首をこきこきと鳴らした。 僕も窓から目を引き剥がし、海緒月に目を留める。 「まじで?」「まじで」海緒月は言い返し、点滴だの包帯だの、自分を取り巻いている医療器具をうざったそうに引き剥がしていく。
「寂しいねえ」 「嘘だろ?」 「嘘だけど」
ははっ、と海緒月は乾いた笑みを零し、その際に傷が痛んだのか、痛て、と瞳に涙を浮かべた。
「…な、お前さ、これからどこ行くんだ?」 「さーて。オレは気分屋さんだからわかんねーよ」
海緒月はやっぱり「はは」と笑い、いつものにやにやとした笑みを浮かべる。 粗方ストレッチを終えると、海緒月は手早く荷物を纏め始めた。
奴の身支度が終わった頃を見計らって、ぼくは「海緒月」と再度声を掛ける。
「あん? 何だよ?」 「僕とさ、結婚しないか?」 「ぶほっ」
吸った空気が変な所に入ったらしい。海緒月は思いっきり咳き込んで、ゲホゲホと息を吐き出す。 ベットに突っ伏して、何だか肩が震えて…笑っているらしかった。
「なんだよ。 笑うなよ、僕は本気だぞ」 「く、ふ、は…っ…らっ、て…ふは、ふふっ…」 「…」
そのまま2時間、 海緒月は笑い続け、
「っはは、やべー。つぼったつぼった。いいぜえ。しよーぜ、結婚。オランダで挙げなきゃなー、同性愛OKなトコで挙式しなきゃ」 「アホか」 「はは、お前と結婚なんて。面白え」
けらけらと海緒月は笑う。 僕はいつもの通り笑わなかったけど、 海緒月で結婚なんて、まさに滑稽だ、と、僕も、思った。
どうやら海緒月は今度こそ去るようで、「よ」とベットの上に立ち上がり、その小柄な体躯を曲げて、ベット脇のパイプ椅子に腰掛けている僕に顔を近づけた。
「じゃあ、これが永遠の別れにならない事を祈ってるよ、オレの将来の嫁よ」 「ふざけんな。僕が婿だぞ」 「はあ?それこそふざけんな…つか、頭痛くなってきたわオレ」 「そう。それじゃあね、暫定僕の嫁」 「おうよ、推定オレの嫁」
僕が掲げた右腕に、海緒月は左腕を、コツンとぶつける。 パシ、パシ、と、手の甲、手の平で一回ずつハイ・タッチを交わし、もう一度、お互いの腕同士をぶつけ合った。
「ばいばい、訃林。次会った時に、この心臓が鼓動してる事を願ってやるよ」 「さよなら、海緒月。次見かけた時、お前がまたいつものにやにや笑いを浮かべてる事を祈っててやるよ」
海緒月はベットから飛び降り、スライド式の病室ドアを開け、それを閉じ。 かつ、かつ、と遠ざかっていく音が廊下から聞こえてきて、どんどんそれは小さく、なっていった。
ばいばい、海緒月。
僕はもう一度だけ、口の中で呟き、目を閉じた。
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