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クリエイター名  志築 仁
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  汝の隣人を愛せよ

『汝の隣人を愛せよ』
 神様はそうおっしゃいました。周りの人をみんな好きになれ、そんな意味だと教わりました。
 敬虔なクリスチャンである僕は、その通り実践しました。周りの人たちを愛し、愛されることができました。
 それなのに、なんでこんなことになってるんだろう……。
「友幸くんは私のものなんだから!」
「違うよ、私の恋人なの!」
 ……僕の右腕を引っ張りながら大声を出しているのが、瑞紀ちゃん。僕の左腕を引っ張りながら負けるもんかと大声を出しているのが、佳枝ちゃん。
 ふたりの女の子に両腕を引っ張られているのが僕、友幸。小学校6年生、もうすぐ卒業です。
 瑞紀ちゃんはショートカットで活発な女の子。今はスカートをはいていますが、ジャージや女子サッカー部のユニフォームが似合うと評判です。
 佳枝ちゃんはセミロングに眼鏡を掛けた文学少女。見た目通り控えめで、心優しい子。ちなみに、こちらはスカート姿以外考えられません。。
「ねえ、えっと、3人で仲良くするってわけには……」
 キッと、左右から睨みつけられる僕。ハイ、そうですよね。今更仲良くできるのなら、こんなことになってませんよね。
「友幸くん。いい加減に、私と佳枝ちゃんと、どっちを取るのかはっきりしてよ!」
「そうだよ! 私に好きって言ってくれたのは、嘘なの!?」
 ぐぐっと、さらに強く両方に引っ張られます。痛い、痛いです。でも僕には、なにも言うことができません。
 確かに佳枝ちゃんに、私のこと好きかと聞かれて、好きだと答えました。でもその好きは、佳枝ちゃんが思っている好きじゃないのです。好きだけど、愛しているけれど、恋とは違うのです。
 瑞紀ちゃんに対しても、僕はそう思っています。
 しかし、隣人を愛するという神の教えに忠実な僕の行動は、ふたりに誤解を与えてしまいました。いつの間にか僕を恋愛対象としてみていたのです。
 だからって、どちらかを選ぶなんてできません。選ばれなかった方は傷つくし、怒ってしまうでしょう。今の状況を見ても、怒ったら何をするのか分かりません。怖いです。
 正直言って、僕から見たら、ふたりともまだまだ子供なので恋愛対象としては……って、そんなこと言ったら殺されそうなので言いませんけど。というわけで、本当のことも言えません。
 一番いいのは、いつまでも3人一緒に仲良くすることなんですが、ふたりは僕を独り占めにしたいそうです。ふたりの女の子にそう思って貰えるなんて、嬉しいような、くすぐったいような、怖いような、そんな気持ちです。ぶっちゃけると、3つ目が8割くらい占めています。
 ひとつ、この状況を解決するために考えたことがあります。瑞紀ちゃんと佳枝ちゃん、ひとりずつと付き合うことにして、そのことをもう片方の女の子には秘密にしておくというもの。
 3人仲良くとは行かないまでも、そこそこ幸せな感じになれそうです、が。
『汝、他人を欺くなかれ』
 頭の中に神様の声が聞こえてきました! いえ、気のせいですけど。ただ思い出しただけです。
 そう、クリスチャンは嘘をついたり、騙したらいけないんです。クリスチャンじゃなくてもダメですけど、クリスチャンの場合は地獄に堕ちてしまいます。お母さんが言っていました。魅力的なアイデアでしたけど、それは嫌なので没です。
 ……本当に魅力的なんだけどなあ。
『汝、姦淫するなかれ』
 また頭の中に神様の声が聞こえてきました! いえ、もちろん気のせいですけど。
 姦淫ってエッチなことですよね。えっと、いや、ふたりとエッチなことをしたいってわけでは! 笑顔が見たいだけですから、ホント。ホントのホントは、この噂に聞く修羅場というやつっぽい状況から抜け出したいだけですけど。
 ところで地獄って、今の僕の状況より怖いところなんでしょうか。……絶対に地獄に堕ちたくありません。
「ねえ、黙ってないで何とか言ってよ!」
 佳枝ちゃんがぐいっと僕の腕を引っ張ります。痛い痛い痛い。
 そうでした。ついつい考え込んでいましたが、今は大岡越前の前でふたりの母親に引っ張られている子供状態なのでした。ん、大岡越前?
「い、痛いよ佳枝ちゃん」
「私のこと好きだったら、これくらい我慢して」
 目が座ってます。怖いです。そしてなぜか引っ張る強さがより強くなりました。これ以上は危険なので、なんの脈略もなく作戦開始です。
「我慢してって……佳枝ちゃんは大岡越前って知ってる?」
 その途端、ピタッと佳枝ちゃんの動きが止まりました。良かった、知っててくれて。さすがに自他ともに認める文学少女です。時代劇も欠かしません。
 ちょっと迷ったあと、佳枝ちゃんは手を離してくれました。当然、反対側で引っ張っていた瑞紀ちゃんの方に僕の体がよろめきます。
 瑞紀ちゃんに抱き留められました。ふわりとセッケンの香り。瑞紀ちゃんは、見た目以上にオンナノコしてました。
「佳枝ちゃん、諦めた?」
 文字通り手に入った僕を抱きしめながら、瑞紀ちゃんは不思議そうに尋ねます。
「瑞紀ちゃんは大岡越前って知ってる?」
「時代劇の人でしょ?」
 瑞紀ちゃんにも同じ質問をしてみますが、どうやら例の話は知らないようです。
「大岡越前にね、子供を取り合うふたりの母親の話があるの」
 複雑な表情をしながら、佳枝ちゃんの解説が始まりました。
「ふたり? お母さんって、ひとりじゃないの?」
「ひとりはニセモノなの。だけど、それがどっちだかわからない。そこで大岡越前は、子供を引っ張り合わせて、どちらが本当の母親か見極めようとしたの」
「引っ張り合って……それって今の状況みたいだね」
 合点のいった表情をする瑞紀ちゃん。それに頷く佳枝ちゃん。
「引っ張られた子供はもちろん痛がって、それを見た片方の母親は子供がかわいそうになって手を離したの。そして大岡越前は、子供のことを一番に考えるのが本当の母親だって、手を離した方を本当の母親だという裁定を下したの」
「えーと、それを今の状況に当てはめると」
「痛がった友幸くんの手を離した私が、友幸くんを手に入れることができるの!」
「えー! それはないよ! 友幸くんは渡さない!」
「渡して!」
「やだ!」
 ……あれ? 状況が変わったけれど、根本的には何一つ変わってませんよ? 痛くなくなっただけマシかなあ。
 って、ちょっと佳枝ちゃん、また引っ張り始めないでー。
「なら実力行使よ!」
「望むところ!」
「痛い、痛いってばッ」
『友幸くんは黙ってて!』
「……はい」
 なんでだろう。ついに発言権までなくなってしまいましたよ。それにふたりの声が神様の言葉のように響きました。
 神様、あなたの言うとおり行動していたのに、なんでこんなことになってしまうのですか。ひどいと思います。
 でも、助けて神様、お願い。本当に。あっ、手がちぎれそう……。





 
 
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