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クリエイター名 |
雨塚雷歌 |
サンプル
ガサリと音がして梢が揺れた。びくりと肩を震わせ、娘は咄嗟に身を伏せる。押し倒される形になった男が驚いたように目を瞠るが、すぐに状況を察して抵抗をやめた。
「いたか?」 「いえ、見つかりません」 「もしや突破されたのでは?」
数人分の男の声と足音が響く。 「この包囲網を突破されたとは思えないが、何せあの二人だ。ありえないことではない」 「では?」 「D地点に移る、急げ」 『了解』 司令官らしき男の指示に従い、男たちが一斉に去っていく。 完全に人の気配が消えてから、二人は詰めていた息を吐き出した。なおもしばらく待ってから身を起こす。 「ようやく行ったわね」 「ああ」 娘の言葉に頷き、けれども男は顔を曇らせた。 「どうやら残っているのは俺たちだけのようだ。他は皆やられたか……」 「仕方ないわ、奴らが相手だもの」 宥めるように男の腕に自分の腕を絡め、娘が呟く。 「でも、まだ私たちが残っている。たとえ勝てないとしても、せめて――」 「……ああ。せめて一矢報いなければ」 眼差しを交わし、二人は頷いた。これは、仲間の弔い合戦だ。 「連中、D地点に移ると言っていたな」 「多分橋のことだと思うわ。封鎖されたら厄介よ」 どうすると問いかける娘に、男はかすかに頷く。 「わかっている。何としても突破する」 強く頷き合い、二人は勢い良く駆け出した。
荒い息遣いが耳朶を打つ。それを少しでも抑えようと、娘は掌で口元を覆った。 予想通り、連中は橋を封鎖しようとしていた。全力で駆け抜け、どうにか突破は出来たが、体力は既に限界を迎えていた。だが―― 「ここまで来れば……」 薄く笑い、額を流れる汗を拭う。眼前に広がるのは敵の牙城。ここから、巻き返す。
「……数が多いな」 周囲の様子を探っていた男が不意に呟いた。振り返らぬまま続ける。 「俺が囮になる」 淡々と告げた男の背中に手をあて、娘が答える。 「わかった。奴は私がやる」 互いに頷くと、男がまず飛び出した。多くの敵の視界を横切り、駆ける。 「いたぞ、奴だ!」 「逃がすな!」 敵が男を追うのを確認し、娘も飛び出した。娘に気づいた何人かが追ってきたが、目標に向かってひた走る。
快音が響き、空き缶が空高く舞った。 「よっしゃ、これで10勝め!」 「また奴らにやられたッ!」 「何故だ!?伝統ある我らサバゲー部が、何故缶蹴り同好会などに負けるのだ!」 悲喜こもごもの叫びをBGMに、二人は高く拳を突き上げた。
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