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クリエイター名 |
蘇芳 |
サンプル
「灯火(ともしび)」
ちかちかと、細かい閃光が瞬いている。もうずいぶんと、近づいており、か細い光は足元に迫っていた。 神晃樹(ジン コウキ)は、小高い丘からそれを見下ろしていた。何かに似ているな、と晃樹は思う。光を少し目で追いかけ、彼はその場に腰を下ろした。住宅地の端に、その公園はあった。草の匂いが濃い。夜とはいえ、まだ夏の余韻が残っており、少し暑かった。 (どうしてこうなったのだろうか) もう何度も、彼はその疑問について考えていた。そして、この力のせいだ、と答えを導く。顔を上げ、視線を丘の下、暗い住宅地の路地に向ける。晃樹の力は、そこにきらめく光に関係があった。 光のもとには、一匹と一人。 一匹は、異形の存在だった。何も知らない人間に説明するなら、「妖怪」と言ったほうがわかりやすいかもしれないな、と晃樹はどこか冷静に考えた。人間とは、相容れない存在だ。倒さなければならない存在。 一人は、晃樹のパートナーの少女だった。名は廣宮りり。「妖怪」を倒す存在。その手には、二挺の特殊な拳銃が握られていることだろう。足元で瞬く光の正体は、その銃であった。 晃樹は、りりが持つような特殊な武器は持っていない。それが、晃樹の「力」だった。「妖怪」の中には、触れないものもいる。それは、「怨霊」と呼べばいいかな、と晃樹はまた他人事のように考えた。しかし、晃樹の「力」は、問題なくその「怨霊」に触ることを可能としていた。それだけでなく、晃樹が触れるものにも、その「力」は波及した。つまり、自転車で「怨霊」にぶつかることだって、彼には可能なのだ。 今、彼の横には、木刀が置かれている。それが今回の彼の武器だった。 少し、地面が揺れた気がした。 「妖怪」との、衝突は近い。
先に視界に入ったのは「妖怪」だった。りりの姿は見えない。 晃樹は木刀を手に取る。しかし「妖怪」はすでに肉薄していた。横からたたきつけるように迫る右腕を、晃樹は座ったまま、前傾になって避ける。左膝を地面に対して垂直に立て、つま先との二点に体重をかける。そして、右足を立てる。それだけで、座っていた晃樹は、しゃがみこむような姿勢に変わっていた。 伸び上がる勢いを利用して、木刀が上へと「妖怪」の顎を跳ね上げる。全力で殴っても、たとえ刃物を受け止めようと、晃樹の木刀は決して折れない。それも、彼の「力」の効用だった。もちろん、触れている限り、という条件はある。 伸びきった首は、青白かった。その下で、晃樹は渦を巻いている。 「ずいぶんと顔色が悪いな」 声は横へと流れた。回転を利用した晃樹の一閃。甲高い音は、硬いもの同士がぶつかった音だ。想像と異なる衝撃に、晃樹の手はしびれ、あやうく木刀を取り落としそうになる。軽口なんかたたくからだ、と彼はすぐに反省した。右足のつま先に、ねじりこむような力を加え、すばやく後退する。 彼の視界の端で、光が花開いた。続いて、鋭い音。そのときには、りりが放った銃弾が、「妖怪」のこめかみに突き刺さっていた。 「遅かったな」 「ダイエットにしては、しんどくて。思わず歩いて来ちゃったわ。ムキムキになるよりましでしょ?」言いながら、りりは、ちろりと小さい舌を出している。 「妖怪」は平均的な成人男性より、少し背が低かった。晃樹としてはやりやすい。「妖怪」は、晃樹とりり、どちらに的をしぼるか戸惑っているようだ。そこに、再び閃光。 りりは、右を頭に、左を「妖怪」の各所に振り分けるようにして、銃弾を浴びせている。 (相変わらず、器用な奴だな) 晃樹はそう思いながら、「妖怪」の視線の先へと自分の身体を滑り込ませた。 「妖怪」がりりの攻撃に苛立ち、間合いを詰めようとした瞬間、その姿は地に没した。 二人が用意していた落とし穴だ。りりの提案だった。子供じみたように思えるが、いきなり自分が立っている地面が無くなるのだ。なかなか効果的かもしれないな、と晃樹も考え、その作戦を採用していた。 見事にはまったときは、まず晃樹のほうが驚いた。 とどめを指すため、晃樹が穴に近づこうとしたその刹那、いきなり足元の地面が消滅した。湧き上がる浮遊感。晃樹は、りりが掘った落とし穴に落ちながら、乗り物酔いのような不快感を瞬時に感じていた。彼は、ジェットコースターが急速にコースを下るときの、不快な浮遊感を思い出していた。
穴から見える暗い空に、また光が瞬いた。りりが、とどめの一撃を放ったようだ。 そのとき、晃樹はその光が何に似ているのかに気づいた。 蛍の光のようだ、と彼は思った。晃樹の田舎では、彼が小さいころ、よく蛍を見ることができた。今は、ほとんど見ない。蛍が好きだったから、ずっとまた見たいと思っていた。 (昔を懐かしんでいるのだろうか。少なくとも、今よりは静かだった昔を) しばらく静寂があたりを包んだ後、空をりりの顔が隠した。片目をつぶり、恐る恐るといった表情をしていることだろう。それが、申し訳ないと思ったときの、りりの表情だからだ。晃樹は自分の顔を笑みが覆っていることを自覚している。 りりの手をつかみ、なんとか落とし穴から脱出した。ごめん、ごめん、と謝るりりは、少し笑んでいる晃樹を見て、首を傾げた。 「飯でも食いに行こうか」 「こんな夜中に、太るじゃない」と言って、りりは口を尖らせ、笑った。 あの光は、昔を回顧する蛍の光じゃない。今を照らす灯火なのだろう、と晃樹は思った。ズボンに付いた土を払いながら、彼は苦笑した。 (今思ったことは秘密にしておこう) 彼はあまり軽口はたたかない。冗談も言わない。どちらかといえば、自分は不器用だと認識している。 ただ、いつも目の前のことに、全力を尽くすだけだ。
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