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クリエイター名 |
雪乃燕 |
計画を立てましょう(オリジナルノベル)
計画を立てましょう
ぼんやりと背を硬い触感に預けながら、全身じっとりと汗をかいたグラスをぼけっと眺め見る。 半ばまでアイスコーヒーが入っているそれは、上の部分が溶けた氷によって透明になりつつあった。クーラーの効いた店内とはいえ、さすがに二〇分も放置しているとこういう事になるのだろう。 意識を現実世界に戻してみると、放置する原因となっている少女が身振り手振りでくだらない話を大袈裟に喋り続けている。 「やっぱりバナナは半分以上黒くなってからが食べごろだと思うのよ」 びしっ、と効果音がしそうなくらいに指を突き立てて満足げに頷く。 ここは集合場所や暇つぶしに良く使わせてもらう喫茶店だ。マスターとは知り合いで、よく飲食代の端数などをおまけしてくれるので高校生である身としては非常に助かっている。 各テーブルの仕切りが高く独立性があり、それぞれのスペースを作れることがこの喫茶店の利点である。とは言え店内にはわずか五人の客しかおらず、それも一つのテーブルに固まっているので今は意味を成していない。もちろん全員が顔見知りであり親友でもあり、同じ学校の同級生だった。 「私はちょこっとシュガースポットがあるくらいがいい。香乃穂はちょっと変」 喋り続けていた香乃穂の、右隣に座った雪花が話をあわせる。 鮮やかなブロンドアッシュのロングヘアーに子供みたいな外見が、アンバランスに喫茶店の安っぽいティーカップを引きたてている。名前通り雪の花があるとしたらこれくらいだろう、ってくらいに透き通った白い肌が眩しい。 「なに、雪花。シュガースポットって」 半分以上それが無いと許せないとまで言っていたはずの香乃穂は、肩まで伸びた黒髪の先をくるくる指に巻きつけながら、初めて宇宙人と言葉を交わしたような顔をしている。 どうやらバナナの黒い部分の名称までは知らないらしい。せっかく眼鏡をかけて知的でクールなイメージを出しているのだが、実際はそうでもないのが空しいところだ。 「バナナの黒い点のことだね」 香乃穂の疑問に答えたのは雪花では無く、俺の隣に座って体育会系のガタイに似合わないメロンソーダとチョコパフェを食べている竹光だった。 ちなみに竹光と言う名前は親がなんとなく響きからつけたそうで、本人としては小学生のときにそれがなんの意味なのか知って半月ほど立ち直れなかったらしい。たいしたことでも無いと思うが、確かに俺がその名前だったらちょっと凹む。 「りょーへーは?」 雪花がショコラケーキをもくもくとやってからそう聞いてきた。実際に俺はそんな間延びした名前ではなく遼平と言うのだが、雪花のなんとなく舌っ足らずなその言い方がちょっとだけ気に入っている。 「バナナ嫌いだからよくわからん」 「はぁ? あんな美味しいものを? あんたちょっと一回病院行ってきなさいよ」 なんで好き嫌いをしただけでこんな風に言われなくちゃならんのだと、ちょっと凹むくらいに香乃穂は勢いよく唾を飛ばしまくってくる。 こいつがバナナ好きなのは知っていたが、いくらなんでも言い過ぎだろう。好き嫌いなんて人の常だし、子供の頃に食べ過ぎて腹を壊して以来、見るだけで胃が痛くなってくるのだ。 「別にいいだろ。逆に言えばもしこの場にバナナが一房でてきた時、俺が食わないんだから四人で分けられてお前の取り分が増えるって事だ。そう考えればお得じゃないか」 自分で言っておきながら、喫茶店でいきなりバナナが出てくる状況ってなんだろうとも思った。ケーキや軽食ならまだしもバナナか。それも一房。 軽く胃が痛くなってきた。 「あたしも食べられないからいらないよぉ。でもこれで三人で分けられるね」 香乃穂の右隣に座っている、おっとりした喋り方と同じく食べるのもおっとりな紗江里が、ようやく三分の一まで減らしたショートケーキをちまちま削るように食べながら話に入り込んできた。毎度のことながら、よくもまぁそこまで上品に振舞えるなぁと余計なことを思ってみたりする。 本人としては髪を栗色に染めてみたりショートにしてみたりしておっとりイメージからの脱却を図っているらしいが、逆にギャップによってさらにゆっくり見えるという妙な循環になっているのが目下の悩みらしい。 「嫌よ。やっぱり美味いモンはみんなで分け合わないといけないもん」 それを美味く感じるやつと分け合ってくれればいい。俺と紗江里は残念ながらパスだ。 「よし、んじゃみんなが美味しく感じるものでも食べに行きましょうよ」 行儀悪くケーキのフォークを上に向けてくるくる回す香乃穂の提案に、俺以外の三人は各々が賛成の意を示していた。そして俺に向かって四人ともが『お前はどうだ?』というような感じの視線を投げかけてくる。 「異議無し。竹光が調べてくれんなら楽でいいや」 丸投げしているようだが、決してめんどくさがったりしているわけではない。 俺たち五人で行動する時は大抵竹光が下調べから何から全部やってくれるのだ。以前泊まりがけで遊びにいった時もそうだったし、今日こうして映画を観に行ったのも主催は竹光である。 「決まりね。竹くんは悪いけど調べておいて。あと各自好き嫌い一覧をメールすること! あ、そうだ。どうせならまた泊まりでどこか行きましょうよ。夏休みもすぐそこだしさ」 いつも使っている年季の入った黒い手帳をもぞもぞと取り出して香乃穂がさらに提案する。それにつられるように雪花が銀色のスチールカバーのついた手帳をショルダーバックから取り出し、紗江里はハンドバックから可愛らしいピンクの手帳を取り出した。 どうでもいい話だが、俺は予定などを携帯に全部入れてるので手帳は持っていない。それでもバイトとこいつらと集まること以外に予定なんて滅多に入らないので困ったことはない。 「だとよ。また主催はお前だろうがどうだ?」 「僕が断るとでも?」 にこやかに竹光が答える。確かにお前が嫌がって断る事は無いだろうな。 「どうでもいいが口元にクリームついてるぞ」 「おっと。とってもらえる?」 大仰なリアクションで肩をすくめながら、竹光は口元をこちらに向けてくる。 「自分でとれよ。ほら紙」 楊枝入れの隣にあった紙ナプキンを三枚ほど渡してやる。竹光は残念そうに肩をすくめてから自分で拭ったが、生憎と野郎の口を拭いてやって喜ぶような趣味は持ち合わせてない。 「口にショコラついた。とって」 わざわざフォークですくって口の端につけた雪花が、んっと顔をこちらに向けてくる。別に構わずやってやりたいのだが、あまり甘やかすわけにもいかないだろう。 「自分でやりなさい」 「無理」 きっぱりと否定されてしまった。とはいえどうしたもんかと思っていると、香乃穂が素早く雪花の口元を拭った。 「ほら、これで大丈夫よ」 「よけーなことするな香乃穂」 「なにが余計なのかしらねっ」 また口につけようとフォークに手を伸ばす雪花に、それを素早い動きで次々と止めていく香乃穂。妙に熱い二人の闘いの横で紗江里はやっと半分までショートケーキを食べ終えていた。 「…平和だねぇ」 俺はそんな様子をぼけっと眺めながら、かなり水に浸食されたコーヒーをかき混ぜてからごくりと飲みこんだ。 …混ぜるんじゃなかったと後悔するくらいに薄くなってて不味かった。
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