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クリエイター名  佐伯ますみ
サンプル2 SF

『SCARLET−VIII』


 ガシャンと大きな音を立ててQRH39が倒れた。長い手足を動かして立ち上がろうとするが、再び倒れてしまう。
「また転んだの?」
 一日に何度転べば気が済むのだろう、このポンコツは。ここにいるロボットの中で一番の古株のくせに、一番鈍臭い。私は作業を中断して彼を抱き起こした。
 私がテラフォーミングチームのチーフに選ばれ、メンバーを伴ってこの惑星に来たのは十年前のことだ。メンバーは人間が五十人、ロボットが二十体。十年の間にロボットは次々と入れ替わり、今では十年前からいるロボットは彼だけだった。
 ロボットが入れ替わる理由は様々だが、一番の理由は技術の進歩によるものだった。次から次へとテラフォーミングに適したロボットが開発されるため、使えなくなったものから廃棄され、新型が導入されていくのだ。
 QRH39は大して役に立たず、足手まといになることのほうが多かった。ことあるごとに廃棄手続きを取ろうとするのだが、どこか憎めないロボットなのでつい二の足を踏んでしまう。他のメンバーからも、不思議とこのロボットについては廃棄しようという意見が出ない。そのため、ずっと使い続けていた。
「何の用? 研究室の留守番を頼んでおいたでしょ」
 役に立たないが、命令だけは忠実に聞く。命令に背いて来るということは、何か予想外の事態があったのだろうか。
「通信」
 彼は片言で報告すると、私の手を引っ張って研究室へ戻ろうとした。
「だったら内容を聞いておいて。私は忙しいの」
 引きずられるように歩きながら、私はわめき散らした。しかし、彼は私の手を離そうとはしない。もしかしたら、本当に予想外の事態なのだろうか。もしどうでもいい通信で呼びに来たのなら、今度こそ破棄手続きを取ってやる。
 研究室に入り、通信端末に直行する。画面の向こうには惑星開発局長の顔があった。しかし、決して目が合わない。どうやら録画のようだ。
『各チームに配属されているロボットを全て、指定する日までに科学省へ送ってもらいたい。現在のロボットたちは全て廃棄処分となることが決定した。データのみを抽出して新たなロボットに入力し、派遣する。五年以内に全てが新たなロボットと入れ替わるだろう』
「何ですって?」
『新たなロボットは、これまでとは全く違う。完全なるヒューマノイド・ロボット……BLUE、GREENなどといった、各々に備わった機能に因んだ識別コードを持つナンバーズたちだ。各惑星の進行状況に応じて、派遣されるナンバーズは異なる。また、テラフォーミングの段階が上がるにつれ、新たなナンバーズに交換する。一体につき、現在のロボット三十体以上の働きをする。最終的なコストダウンと、効率化は間違いない』
「ふざけないで!」
 私はあまりにも腹が立ち、映像が終わる前に通信を切った。
「完全なるヒューマノイド・ロボットですって?」
 言った後で虫唾が走った。ヒューマノイド・ロボット――いわゆるアンドロイドなど不気味なだけだ。二十一世紀ごろには先を争うように研究されたようだが、二十九世紀の今、そんなものは存在しない。
 人間に近づけたすぎからこそ手に負えなくなったのだ。面白がって家政婦的に使う金持ちもいたが、人間に似ているために保管場所に困り、処分するときには躊躇し、持て余す。気分的な問題なのだが、普通のロボットならばそういった点はもっと気楽なのだ。
 そのうちに需要が減り、コストのかかるアンドロイドよりも、従来のロボットの方がはるかに経済的ということもあり、自然消滅的にアンドロイドは製造されなくなった。
 局長があえて「完全なるヒューマノイド・ロボット」と表現するのがひっかかった。アンドロイドでもいいではないか。「ヒューマノイド」と強調するからには、かつてのアンドロイドとは違うということを言いたいのだろう。
 いかにも「ロボット」という外見だから割り切れるものもある。それが全て崩れ去る気がした。限りなく人間に近いロボットは、果たして感情も持ち合わせていたりするのだろうか。
 優秀なヒューマノイド。この惑星にいるロボットたちは、たった一体のヒューマノイドに全て吸収されて、消去されてしまうのだ。それでもなお、ヒューマノイドのほうがはるかに勝る性能だというのだから、ヒューマノイドを開発した人物というのは余程の天才に違いない。そう、古いロボットたちのことなど何も考えない、どこまでも残酷な天才だ。
 今まで私たちと一緒に、ずっと苦労してきたロボットたち。何体も壊れ、交換し。古株のロボットが壊れると、泣いたりもした。それは一緒に苦労してきたという思い出があるからだ。彼らに感情はない。だけど、私たちは彼らに対しての情がある。それらをすべて無にするかのようではないか。
「あなたも……いなくなってしまうのね」
 静かに隣にたたずむQRH39。彼は今の通信の意味をどう受け止めているのだろう。
 彼は小さな半球状の頭を、軽くかしげてみせた。ひとつだけついているスカーレットの丸い瞳が、優しく笑ったように見えた。

「まだQRH39を送ってないんですか? 期限は明日です。今日中には送り出さないと」
 部下が心配して声をかけてくる。他のロボットたちはすでに送った。QRH39だけどうしても送ることができず、ずっと手元に置いたままだ。
「わかってる。もう少ししたら送るから」
 私は呟くように言うと、QRH39を連れて温室へ向かった。
 温室は私の一番好きな場所だ。大好きな花たちを、いつかこの惑星に咲かせたい。その一心で、今まで頑張ってきた。彼も、一緒に。
 彼は本当に役に立たなかった。だけど温室で植物の世話をさせると、右に出る者はいないくらい繊細な世話をしてくれた。力仕事を得意とするタイプのくせに、温室での仕事の方が得意だった。
 感情はないのだろう。でも、とても優しいロボットだ。そうでなければ、彼が世話をした植物たちがこんなに生き生きとしているはずがない。
「あなたのデータは新たなロボットに引き継がれるのね。でも、あなたという存在は消えてしまう。私とこうして、温室で沢山の花を見たことも、何度も転んでは私に起こされていたことも、全て……消えてしまうのね」
 彼はスカーレットの瞳でじっと私を見つめていた。穏やかな赤。緋色。赤には様々な表情がある。炎のような激しさ、血の赤、危険を知らせる赤。でも彼が持つ赤は、今そこで咲き乱れる花のように、暖かくて優しい色だった。
 私は彼の瞳を見ているうちにこの十年間の思い出に溺れ、涙が出てきてしまった。
「待ってて」
 彼は相変わらずの片言で言うと、走り出した。
「どこへ行くの!」
 行かないで、もう少しだけ私と一緒にいて。そう叫びたかったが、声が出なかった。しかしすぐに戻ってきてくれた。手に一輪の花を持って。
「泣かないで」
 そう言って、その花を私の髪に飾った。
 それは、私の一番好きな花。
 教えたことなどなかったのに、彼は知っていた。
 十年間、ずっと一緒にいて、私をずっと見ていてくれた彼。
「……うん」
 私は涙を拭いて頷いた。
 彼はきっと、全てを理解しているのだ。これから自分がどうなるのか。私がどうして泣いているのか。
 優しい、本当に優しいロボットだ。
「笑って」
 彼が頭を小さくかしげる。
「うん」
 私は自然と笑顔になれた。
 スカーレットの瞳も、笑ってくれた。

「この度、派遣されましたSCARLET−VIIIです。よろしく」
 派遣されてきたヒューマノイド・ロボットはSCARLETというナンバーズだった。SCARLETナンバーズは植樹が完了した惑星に派遣されるナンバーズで、まず植物だけで構成される仮の生態系を完成させ、そこに動物を入れるための準備をサポートする。
 彼は男性体で、どこからどう見ても人間にしか見えない。ただ、髪と瞳は人間離れしたスカーレットだ。私はふとQRH39を思い出し、見入ってしまった。
「僕の顔に何かついていますか?」
 彼は不思議そうに首をかしげる。私はその仕草に動揺した。
 QRH39とは違うはずなのに、スカーレットという色が彼を思い出させる。
 頭をかしげる仕草。優しいスカーレットの瞳。
 それら全てが鮮明に脳裏に蘇り、私は座り込んで泣き出してしまった。
 もう一度だけ、会いたい。
 また転んでほしい。そうしたら、私が抱き起こしてあげるから。
「待ってて」
 ぽつりと彼は呟き、走り出した。何をするつもりなのか、私は興味がなかった。彼が戻って来ても、気にかけずに泣き続けた。
 ばたん、と音がして、目の前に彼の姿が飛び込んできた。どうやら派手に転んだようだ。慌てて起き上がろうとして、もう一度転ぶ。
「何……してるの」
 私は一瞬、泣くのを忘れた。目の前で何度も転ぶ彼。手には小さな花が握られている。
「泣かないで」
 彼は立ち上がるのを諦め、手に持った花を私の髪にかざり、「笑って」と言った。
 私は恐る恐る髪に飾られた花を手に取った。
「私の……一番好きな花」
「本当ですか? よかった。この花なら笑ってくれると思ったから」
 私が呟くと、彼は満面の笑みを浮かべた。
 彼はQRH39の記憶を持っているのだろうか。そして、感情はあるのだろうか。いや、そんなことはどうだっていい。彼は優しい。それだけははっきりとわかるのだから。
 彼はもう一度立ち上がろうとするが、今度は私のスカートを踏んで転んでしまった。もしかしたらこのロボットを開発した人物は残酷などではなく、とても優しい人物かもしれない。ふとそんな思いがよぎった。
「世話が焼けるわね。ほら、つかまって」
 私は涙を拭って立つと、そっと手を差し伸べた。その手につかまってようやく立ち上がった彼に、私は自然と笑顔を向けることができた。
 彼はもう一度首をかしげ、とても優しいスカーレットの瞳で笑ってくれた。



    了
 
 
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