|
クリエイター名 |
佐伯ますみ |
サンプル3 コメディ
『よい子のヒーロー伝説2 −民間車検工JO−』
五歳の娘が嬉しそうに自転車で遊んでいる。買ったばかりの自転車だ。これまでは親戚からもらったお下がりだったため、デザインも古くて娘はあまり乗ろうとしなかった。だがその自転車が壊れたので、思い切って新しいものを買ったのだ。それも、女の子が大好きな魔法アニメのキャラクターが描かれていて、娘が随分前から欲しがっていたものだ。毎日朝から晩まで「自転車に乗る!」と言ってきかないくらい、喜んでいる。 今日も朝からずっと乗っていた。途中、昼食を食べるために家に入ったが、またすぐに外に出て遊び始めた。幼稚園の春休みは始まったばかりだが、きっと終わるまでこの調子で毎日過ごすのだろう。 「うわあーん!」 突然、火がついたように娘が泣き始めた。 「りーちゃんの自転車、壊れちゃったよう」 大泣きしながら私の元へ駆けてくる。壊れたなんて、まさかそんな。買ったばかりなのにどうして。しかし娘が言ったとおり、自転車は右側のペダルが根本から折れていた。買ったばかりで折れるなんて、不良品に違いない。すぐにメーカーにクレームを出さなければ。そう考えていたそのとき、どこからか高らかな笑い声が響いてきた。 「わははははは、誰が呼んだか、この俺様! 『駄洒落戦隊ダジャレンジャー』レッド、民間車検工JO参上!」 いやまて、誰も呼んでいない。見ると、一昔前のヒーローアニメのような髪型をした青年が、腰に手を当てて偉そうに立っていた。赤いマフラーが目に染みる。 レッドと言った。つまりコイツがリーダーなのだろう。一体、ダジャレンジャーとやらは何人いるのだろうか。戦隊物ならば、あと四人いるのかもしれない。最低でもひとりはいるだろう。考えていて、私は頭が痛くなった。 「これだね? 壊れた車は! 俺が直してやろう!」 私が頭を抱えていると、JOは嬉しそうに自転車を指さした。まあ、確かに車であることには間違いないだろう。左手には瞬間接着剤が握られている。 嫌な予感がしつつも、下手に逆らうことのほうが数倍も怖いので、ここはJOのやりたいようにさせてやろうと決め、静観することにした。しかし、娘はしっかり抱きかかえておこう。何かあったらすぐに逃げられるように。 「よし、できたぞ!」 五分ほど経ったころ、何故か額に玉のような汗を浮かべたJOが笑顔で振り返った。白い歯が光る。歯だけは好感度が高い。 恐る恐る自転車を確認しに行くと、予想以上に綺麗に直っている。最近の瞬間接着剤は強力だから、恐らくはこれで充分だと思われる。見た目とは裏腹に、良い仕事をするではないか。少しだけ見直した。 「ありがとうございます」 一応、笑顔で礼を言う。娘は嬉しそうに「お兄ちゃんありがとう!」と言った。 「はっはっはー! 礼には及ばん! また車が壊れたら呼んでくれたまえ!」 いや、だから今回だって呼んでないってば。JOの凄まじい笑顔に脱力した。 「だがしかし、エンジン付きの車だけは直せん! そこんとこ夜露四苦!」 ぐっと親指を立て、ウインクする。何のための民間車検工だ。突っ込みたい気持ちを押さえ、私はひたすら笑顔を作る。ますますJOの笑顔は全開になり、歯がキラキラ光っていた。 「……ああ、そうそう、彼女募集中なんで、独身のご友人がいたらそこんとこ夜露四苦」 一転してもじもじとする。顔が少し赤い。独身の友人なら数人いる。だが、誰がお前なんか紹介してやるもんか。しかし、やはりそれは言わないようにして「わかりました」と愛想笑いだけを返してやった。 「ありがとーう! では、さらばだ!」 JOは大きく手を振ると、登場したときよりもさらに大きな笑い声と共に去っていった。 「二度と来るな」 私は呟く。 横で娘が嬉しそうに自転車にまたがり、「お兄ちゃん、また来てね」といつまでも手を振っていた。
了
|
|
|
|