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クリエイター名  沼波 連
遠い昔のお話

『遠い昔のお話』

 今は昔、誕生日とは工場から赤ん坊の配送された日を示す時代がありました。人間を製造する工場の地下には管理体という孤独な機械がいました。この機械は人間社会の管理を太古の昔から一任されていました。管理体の仕事は完璧で、数世紀も経つと人間はこの存在を意識しなくなるほどでした。人間にとって管理体は自然も同然でした。
 けれどもあるとき管理体はミスをしました。人間製造工場から当時の社会に適応できない人間が出荷されたのです。管理体は怯えました。無能と判断されたら廃棄処分になってしまうと。だから管理体はこのミスの責任を外部に押しつけました。人間の材料を卸す企業で不正が行われたせいとしたのです。管理体は社会のすべてを管理しているので、企業のひとつやふたつ潰すことなど簡単でした。こうして無実の企業が社会的制裁を受けて滅びました。
 管理体が安堵した頃、1人の少女が苛立っていました。この少女はある朝目覚めると首から下が動きませんでした。原因はわからず医者も匙を投げました。両親もまた諦めて少女に不自由な身体で生きられるように計らいましたが、少女は不満で仕方がありませんでした。それでヒステリーを起こして暴れると両親は少女を施設へ預けました。最初のうちは両親は足繁く通っていましたが、だんだんと足が遠ざかり、やがて手紙だけとなり、これも途切れ、少女は看護人から妹が生まれたと聞きました。
 このときから少女はPTSの習得に努めました。PTSとはPsycoTelepathySystemの略称で人間の持つ遠感現象を機械的な支援で増強かつ制御したものでした。この時代の一般的な通信技術でした。少女の才能はすさまじく瞬く間にマスターすると、PTSネットワークを介して他人の五感を盗めるほどの能力を発揮しました。そのうちに少女は他人の制御系を奪って自分の代わりに動かす技術を得ました。
 PTSは少女の世界を広げましたが、少女の立っている場所は首から下が動かなくなった日からなにも変わりませんでした。少女は苛立ってPTSを使って犯罪に及びました。最初こそ爽快でしたが、一時の慰めに過ぎず、少女は鬱屈と苛立ちを深めて、施設から姿を消しました。少女は自分の戸籍を抹消すると、別の人間に成り済まし、都市郊外に一軒家を用意して隠遁生活を始めました。
 一方その頃、1人の少年が父親の名誉を回復させたがっていました。少年の父親は人間製造工場に原料を卸す会社の社長でしたが、不正を行ったとして制裁を受け、会社を失っていました。けれども少年の父親は不正などなかったと主張し続けました。少年もまたそう信じていました。しかし誰も決して耳を貸しませんでした。それどころか人々は少年を示して父親を責めました。お前の不正の結果だと。少年はPTS不能症という障害を持っていました。PTS不能症とは何らかの理由で遠感能力を機能発揮できない症状のことで、多くの理由は事故や病気のせいでしたが、少年の場合は生来のもので、すなわち製造段階で問題があったということです。
 そのために少年の父親は口をつぐみ、無実の罪を受け入れ、酒浸りになり、あるとき交通事故で死にました。父子家庭だったので少年は独りぼっちになりました。このようなとき社会は少年のような者を助けるべきですが、少年の父親がおぞましい犯罪を行っていたので、誰も彼も拒否しました。それでも普通ならば少年は働いて自活できたはずでしたが、PTS不能症だったので、どこにも就職先がなく、少年は犯罪者に墜ちました。
 警察に追われ、手練れの犯罪者から食い物にされながら、少年は生き延びました。心を支えたのは、いつか必ず父親の名誉を回復してやるという決意だけでした。
 少年が汚濁に塗れている頃、管理体は隠蔽したミスが明るみに出るのではないかと怯えていました。人間製造工場の失敗作は2種類いて、ひとつは生来のPTS不能者で、もうひとつはPTS過適応者でした。このPTS過適応者の1人がPTSネットワークで縦横に暴れ回っていました。管理体は、まだミスの存在を知られていないが、いずれ知られるかもと恐怖しました。
 このPTS過適応者はある都市の郊外に住んでいて、警察の情報によると、PTS不能症の犯罪者が近くで逃亡しているそうでした。管理体は自分を恐怖させる失敗作を2人まとめて排除することに決めました。
 さて少女は都市郊外の一軒家で自分の世話を機械に任せて、誰とも決して会わない生活を過ごしていました。カーテンの閉まった薄暗い部屋で少女は、罰を与えてほしいと自分を責めました。
 一方そのころ、少年は警察に追われていました。普段通りでしたが、一昼夜眠っていなかったので、どうしようもなく疲労していました。それで廃屋のような一軒家をみかけると中で休もうと考えました。侵入すると内装は傷んでいなくて、借家にする空き家のようでした。少年は掃除マシンらしきものをまたいで奥へ向かいました。
 このとき少女は驚きました。家に若い男が侵入してきたからです。けれども男の手に銃があるのをみつけて楽な気持ちになりました。これで楽になれると。死ねると。それで警備マシンをオフにして待ちました。そのうちに男は少女の部屋に入ってきましたが、暗かったせいか、少女に気づかず、部屋の隅に腰を下ろしました。それから銃を捨てると声を殺して泣き始めました。少女は意外な展開に驚きました。
 少年は、普段は決して泣かないのですが、今日は疲れていたうえに、誰もいないので泣きました。すると誰かが息を呑んだので銃を向けました。そこには1人の少女がいて、少年にいいました。「死神よ、私を撃ちなさい」
 少年は父親が死神と罵られたことを思いだして苛立ち、発砲しそうになりましたが、少女の身体が小柄で萎えていることに気づき、止めました。撃てば父親の名誉を汚すと思ったのです。
 こうして管理体の意に反して少女と少年は殺し合いませんでした。2人は互いに歩み寄ると、ともに社会から見放された存在と知り、お互いをパートナーとして選びました。そして2人は自分たちの運命に興味を持ち、このような身体を与えられた原因を探りました。この過程で当然、少年の父親の不正にぶつかりました。少年は少女から拒否されるのではないかと戦きましたが、少女は不正がねつ造された証拠を見つけ出し、きみの父親の名誉を回復しようと提案しました。
 管理体はこの動きに対抗しました。こうして2人は管理体の存在に気づき、戦いが始まったのですが、管理体の敗北に終わりました。
 少年は少女の支援で人間製造工場へ潜入し、地下の管理体を機能停止に追い込みました。このとき少女は管理体の暗殺者によって殺されましたが、自らを情報に変えて製造途中の人間に転送していました。そして少年は赤ん坊を抱いて工場から出たのですが、そこは管理体のいない世界が広がっていました。

This is end.
 
 
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