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クリエイター名 |
沼波 連 |
鬼は月を器とするも
/*** この文章はオーダーメイドCOMで登録審査の際に提出したものです。 テラネッツの運営するゲーム「東京怪談 SECOND REVOLUTION」が課題として出題されました。 以下はそのOPです。 ***/
「鬼は月を器とするも」 月が中天に昇る。砂浜が白く輝く。打ち寄せる波の音にかすかな足音が紛れる。 白いブラウスの少女が波打ち際を歩く。足跡が波にさらわれる。 少女は海の果てをみながら呟く。 「やってくるわ。あれに私を渡せば家族みんな助かるの。さよなら、お兄ちゃん」 海が凪いだ。鏡ような海面に月が映った。月輪が燃え上がる。炎は巨大な人影となって海面から立ち上がった。頭には2本の角、胸には月のような宝玉がある。 炎の巨人は少女を見下ろした。 「よく来た。鬼殺しの末裔にして我が器よ」巨人は胸の宝玉に手をやる。「おまえの先祖に肉体を滅ぼされ、この月影に魂を移して幾星霜、このときを待っていた」 「うるさい」と少女の目が輝く。唇を震わせ「ご先祖様もあんたも知らないよ。いかないと家族を殺すっていうから来たの。約束は守るの?」 「約束など、守るものか!」鬼は嘲笑した。 少女は絶句した。震える手が1人の青年にとられた。 「お兄ちゃん、なんでここに!?」 「最近ヘンだったから。全部聞いた。気づいてあげられなくてごめん」 青年は妹を堤防に押し上げる。鬼は叫ぶ。 「別れの時間をくれやてる。明晩、娘を迎えにいく」 青年は中指を突きつけた。
/*** OPは以上です。以下はリプレイです。 ***/
再び月が昇り、夜がやってきた。 桐生・楓は堤防で伏せながらスナイパーライフルを構えていた。身体の下にはマットレスを敷き、上には灰色のシートを被っている。 波音が不意に消える。海は凪には入り、鏡のような海面に月が映る。その月輪が燃え上がり、巨人が立ち上がった。 やってきたなと桐生は呟く。スコープをのぞきこみ、鬼の胸部にある宝玉を狙う。依頼人の兄妹の聞いた話から推測するにあの部位が身体に当たるはずだ。月影を身体として生きるのも今夜で終わりだ。引き金に指をあてがう。 銃声が静寂を引き裂き、海岸に響き渡る。 鬼の炎の身体がゆらめく。海面に膝をつき、胸の宝玉をかばうように手をやった。鬼は叫ぶ。裂けた口から炎がこぼれる。火の粉が舞い散る。 「貴様、何者だ。あの兄妹ではないな!?」 怒りの咆哮を桐生は無視する。鬼の動きの止まったのを好機として再照準する。炎をはわす太い指と指の間を狙う。今度は外さない。 銃声が響く。同時に鬼の哄笑が夜の闇を震わせた。 鬼の指が小さなものをつまんでいるのを桐生はみた。銃弾だ。 鬼は哄笑をあげながら海面に火の粉を散らした。 「ほほう。今世のもののふはそのような武具を使うのか。しかし銀の欠片程度で我を倒せるかな。ましてや不意打ちで戦いを挑むものに勝てる見込みがあるかな」 鬼の挑発を桐生は無視する。狙撃は失敗と判断して立ち上がる。灰色のシートを落としながら堤防を走る。 「ほう、女か! 女の身で戦うか。身の程を教えてやろう!」 走りながら桐生は腰に下げた手榴弾をとった。ピンが外れる。鬼に向かって投げつける。効果は期待していない。時間稼ぎだ。鬼が手榴弾をつまんだのを確認してから全力疾走する。砂に足を取られる。連想で養父を思い出す。2人で傭兵をやっていた。砂漠地帯にいたこともある。背中で爆発音をきいた。 鬼は苦悶する。牙をむき出しにする。手榴弾を掴んだ手から指が垂れる。指は皮一枚でつながっていて頼りなく揺れる。傷口から血のように炎がこぼれた。鬼は傷ついた手に噛みつき、指を食いちぎって飲み込んだ。咆哮をあげる。 鬼の放つ殺気が濃くなる。桐生はぞくりとするも薄く微笑んだ。走るのをやめる。砂の上を滑りながら振り返る。手負いの鬼が追いかけてくるのを見据える。挑発するようにアサルトライフルを突きつける。 鬼が怒りの咆哮をあげる。火の粉をまき散らしながら桐生に迫ってくる。 「この女、下らん小細工を弄しおって。血祭りにしてくれるわあっ」 「イノシシのような突撃ね。控えたほうがいいわ」 アサルトライフルの銃口が跳ね上がる。銃弾が鬼の顔面に命中する。鬼はのけぞった。桐生は鬼を見据えながらじりじりと後退する。注意は鬼の足下に向けられている。鬼自身の炎で砂浜が照らし出されている。 鬼は流星のように跳躍、砂煙をあげて着地した。 同時に桐生はアサルトライフルを構えた。ある一点狙撃する。 腹にこたえる爆音。天を突くような砂柱があがる。鬼の足下には前もって設置しておいた対戦車地雷があり、桐生はそれを撃ち抜いていた。常に100%の勝利を求める桐生は昼の間に砂浜を地雷原に改造していた。 鬼の気配を探りながら桐生はささやく。 「キミが人間に負けたのは当然だ。戦士に必要な観察力、推理力がまったく欠けている。キミはあの少女の身体を奪う前に己のうかつさを反省すべきね」 視界を覆う砂煙が月光に照らされて輝く。砂煙が割れて炎の腕が突き出されるが、桐生はすでに予測済みで下がって避けた。 同時に爆発、火柱があがる。鬼はまた対戦車地雷を踏んだ。鬼は胸を押さえて身をよじる。 「無駄よ。ここはキルゾーン、キミの死に場所よ」 やはり胸部の宝玉が急所なのか。桐生はアサルトライフルを発砲する。鬼の胸の前で交差された腕が弾ける。銃弾が皮膚を裂いて内側から炎が弾けた。集弾すれば効果をあげるので腕をもぐことにする。 鬼は膝をついて身を守るように身体を丸める。しかし桐生の銃撃は途切れなく加えられる。ついに片腕がもげた。 桐生は勝利を確信する。その瞬間、視界が炎で埋め尽くされる。鬼は傷口からでる炎を吹きつけてきた。反射的に顔を両腕でかばって伏せた。 身体を焼かれながらも桐生は冷静になる。こちらのほうがまだ有利だ。地の利がある。地雷の配置を思い出しながら匍匐で後ずさった途端、激しい衝撃とともに身体が浮いた。 桐生の身体が宙を舞う。桐生は落下しながら理解する。鬼の蹴りが直撃したことを。喰らってしまったのは仕方ないので次の手を考える。祈るように考える。 桐生の脳裏に養父の姿が浮かぶ。あきらめるな。祈らずに考えろ。最後まであがき続けろ。そう教えてくれたのは養父だ。桐生はセルフチェックを始める。落下地点に地雷があったらどうしようもないが、それは考えない。火を浴びたが火傷は軽度、蹴りをとめた腕のうち、生身の左腕は使用不能、機械の右腕は使用可能。武器は無し。そこまでチェックして砂浜に叩きつけられる。息ができない。けれども幸運を確信する。目の前に対戦車地雷があった。自然と微笑みがもれた。 鬼は叫ぶ。残っている腕が傷口を押さえている。 「女ぁ、なにがおかしい。なにを笑っている。祝うべき夜の興を削いだ罰としておまえは死ぬのだ」 桐生はよろよろと立ち上がる。体中が痛むが微笑みはきえない。むしろ内側からいくらでも沸いてくる。 「……家族ってよいものね。キミが狙う女の子は大好きなお兄ちゃんとご両親をおもって身を挺したのよ。そしてお兄ちゃんは妹のためだったらなにも怖くないのよ。でなければ魔に中指なんて突き立てられない」 「死の恐怖に乱心したか」 「まさか。私は武器を確認したのよ」 鬼は嘲笑する。 「ハハハハッ。本当に狂ったな。その身のどこに武器があるというのか」 「ここに」桐生は銀の腕を鬼へ向けた「ひとつはこの身体、ひとつはこの腕よ。両親は魔に襲われて死んだ。けれどもどこかで私を守ってくれている。この腕は養父と巡った戦場で得たもの、養父の教えが染みこんでいる。これだけあれば十分。人はおもいさえあれば戦えるから」 桐生の腕に力がこもる。銀の腕がまっすぐ伸ばされ、依頼人の兄弟がやったように中指が突き立てられる。 「下らん。おもいで戦えるなど下らん。だが、そんな下らん者どもに我が封じられたのも事実。よかろう、正々堂々正面から打ち倒して、この屈辱をぬぐい去る」 鬼は残っている腕の拳を固める。全身の筋肉が盛り上がり、傷口から炎がこぼれた。火の粉が舞い散って夜を赤く染めた。 睨み合う鬼と桐生。2人のあいだで火の粉が弾けた。瞬間、鬼は拳を打ち込んだ。 上空から岩塊のような一撃が振ってくるのを桐生はみた。罠にかかったな。ニヤリと笑って腰を下げる。銀の腕が地面の対戦車地雷に触れる。これを鬼の胸部へ叩きつけて横跳びした。爆発音を聞きながら砂浜を転がる。 鬼はとっさに拳で対戦車地雷を防いでいた。胸部の宝玉は無事だが、腕は肘から先を失ってしまった。鬼は両腕の傷から炎を吐いてきりもみ回転、砂浜に倒れた。 桐生は立ち上がると銀の拳を空へ掲げた。 「キミの敗因は武器の有無も力の差も関係なく、観察力と推理力の有無よ。もしどちらかをキミがもっていたら私の挑発を見抜けたはず。キミのいったようにおもいで戦えるなんて本当に馬鹿馬鹿しいよ」 夜空に掲げられた銀の拳と月が被る。鬼の目にはそうみえた。 銀の軌道を描いて拳が振り下ろされる。鬼の胸部の宝玉に命中する。すると鬼の身体は消えた。同時に凪が終わって波が打ち寄せてきた。 桐生は波を被りながらささやいた。 「けれども本当におもいが無意味としたら私は今日まで生き延びられなかった。だからやっぱりおもいは馬鹿にできないね」 堤防に光が現れる。懐中電灯のものだ。桐生は依頼人の兄弟の声をきいた。 「お兄ちゃん、どうどう、もう終わったかな」 「終わったみたい。桐生さん、大丈夫かな。あ、桐生さんの勝ちみたいだ」 すると小柄な人影が堤防から砂浜へ飛び降りた。大柄なほうが慌てた様子で追いかける。 「おいおい。そっちは地雷原になってるんだ。走っちゃいけない。桐生さんの指示を待たないと」 大柄な人影、兄のほうが小柄な人影、妹をとめる。 そのやりとりに桐生は小さく笑った。立ち上がると頭上には満天の星と月がある。桐生は少しだけ両親と養父のことをおもった。
<終>
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