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クリエイター名  並井澄
サンプルノベル「色無し少女は白に焦がれる」

※シリーズものの一部シーンを抜粋




「こひるはいつも窓から来るね」  

雅はそう言うと、窓の外から差し出された梨に手を伸ばした。
ひやりと手に伝わった感触が、外の涼しさを物語る。

「ドアから入った方がいい?」  

それなら、がんばるけど。
けれど雅は首を振る。

「来てくれればそれでいい」  

雅の唇が、優しく弧を描く。
それを見るのが好きで、こひるはずっとここに来ていた。



もう、五年になるだろうか。
その頃の雅は、今よりもっと背が低かった。
子供特有の柔らかい頬を、こひるは何度も指で突いては雅の口を尖らせた。
しかしいつの間にか、雅はこひるよりずっと大人びてしまった。
身長はとうにこひるを追い抜いたし、顔の輪郭はすっきりとして、凛とした艶やかさすら感じさせた。
世界の中で流れる五年と、少女の中で流れる五年という長さの違いを、こひるは知った。
そしてまた、その時間が己の中では永遠にただ溶けゆくだけの存在であることも。

「エビち、いないね」
「散歩」
「そっか。外、綺麗だもんね」  

雅の視線の先には、枝を大きく伸ばした銀杏の木が立っている。
季節のたびに鳥が巣を作り、こひるについてきただけのエビスに対して必要以上に威嚇をするのがおかしかった。

(今も、そこには巣立ちを前にした小鳥と親鳥がいるようで、エビスが来なかったのはそのせいかもしれない)

「外に出たい?」  

雅はまた首を振った。襟元からのぞく白い肌が、日の光を受けて薄青く光る。

「このままでいいの」
「ずっと?」
「ずっと」
「みやは、それでいいの?」
「どうして、そんなこと聞くの」  


だって、みやは綺麗なのに。


閉じ込めておきたい、といくら思っても、籠の中で雅は大きくなってしまう。
こひるには手の及ばない、時間の波に攫われて、窮屈になって、
きっといつの日か雅はここを飛び立つのだろうと、こひるはとうに諦めがついている。

見た目は雅の方が大人になったけれど、
こひるはそれよりずっと永い闇を飲み込んでいるから、諦めることは簡単なのだ。

「みやはきっと、こひるを置いて行くよ」
「行かない。あたしは、こひるの傍にいる。今だっているじゃない。
あたしはこひるの傍にいる。置いて行くのは、こひるの方だ」  

すべてを知ったように話すこひるに、雅の声は露骨に苛立ちを見せる。

「あたしの傍にいた人は、みんなあたしを置いていっちゃうもの」
「それなら、大丈夫だよ。こひるは人じゃないもん」
「それ、何度も聞いたけど。でも、よくわかんない」
「だから」
「だって、人じゃないとか、何だとか言うけど、そんなの関係ないし。
話してるとき、こひるはこひるだし。エビちも、あたしも、そのままでいいのに。それじゃ駄目なの。
駄目だって、いう世界に。そんな世界に、あたしは戻りたくないの」
「みや、ごめんね。ごめん、嘘だよ」  

こひるの声を撥ねつけ、雅は頭を抱えてうずくまる。
五年前にここに来た日から、少しずつ治まりつつあるとはいえ、
雅はこうして我を忘れて怒り狂うことがある。
その度に、白い服を着た人が飛んできて、雅を押さえつける姿を見るのが、こひるは一番つらかった。

「あたしは可哀想じゃない、可哀想じゃないの」  

ベッドの脇に置かれた花瓶を取って、雅は床に叩きつけた。
あぁ、もうすぐ彼らが来てしまう。
こひるは窓枠から部屋の中へと飛び込んだ
そして、暴れる雅を、自分よりもう大きくなってしまった愛しいひとを抱きしめた。

「ごめんね、嘘だよ。こひるはずっと、みやの傍にいるよ。みやが望むなら、ずっと傍にいるよ」  

こひるがそうやって、いつもエビスにされるように優しく囁くと、雅はこひるの腕の中で泣きだした。


子供だった。
それが悲しかった。


パタパタと、彼らの足音が聞こえる。  
その時、小鳥が小さな声で鳴いた。
飛ぶぞ、というかの如く、首を突き出して。
そうして、また季節が変わっていくのだろう。
見えるところで、二人の差が広がっていく。  

ドアが開く寸前、こひるは窓から飛び出した。

(to be ...)
 
 
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