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クリエイター名 |
水穂 ゆう |
緑の姫と昇る猫(コメディ寄りサンプル)
天から降り注ぐ雨滴が、地面を叩く。草木も獣も皆平等に晒されるその雫を全身で受けながら、ぼんやりと世界を眺めていた。 このまま、手を伸ばさずにいれば。そうすれば、誰からも必要とされないまま、朽ちていくだろう。それでも構わない。 そう、思っていた…。
晴れ渡った空の下、とある街角で二つの人影がこそこそと路地を覗いている。どう見ても怪しげな様子に、たまたま通りがかった犬と猫と人間が、微妙にその周囲を避けていった。 「大丈夫だいじょーぶ、エーメならできるって」 明るい色の赤毛にサングラス、着崩した黒いスーツに柄のシャツとまるでどこかのチンピラのような姿の青年が軽い調子でそう言う。その下から、鈴を振るような可愛らしい声色が不安げに答えた。 「そ、そっかなぁ…ライズちゃん、ちゃんと助けに来てね?」 青年をライズと呼び、頭二つ分ほど低い位置から見上げているのは、ふんわりとした黒いドレスに身を包んだ華奢な少女。各所に白いレースを配したその姿は、可愛く上品な印象を与える。そして、衣服とお揃いの黒いリボンで纏めた長い髪は高い位置に結い上げられていて、控えめながらも活発さをアピールしていた。 「オレがエーメを見捨てるわけないだろ?」 キラーンという効果音とともに、背後に花でも飛ばしそうな勢いでカッコつけるライズ。 「…でもこないだは『タイミングを計ってたら出遅れた』って…」 「…ゴメンナサイ」 心底不安そうに過去の失敗を指摘するエーメに、土下座しそうな勢いで謝った。この男、確実に三枚目キャラである。 「まぁほら、そろそろやばそうだし」 気を取り直して、ライズは路地の方を指差す。そこでは、典型的な不良っぽい人たちが典型的は優等生っぽい人に絡んでいる、典型的なカツアゲ現場が繰り広げられていた。
「おらおら、いい加減出すもん出しちまえよぉ」 いかにも頭の悪そうなロン毛とモヒカンが、いかにも気の弱そうな少年を壁際に追い詰める。 「そんなこと言っても、僕は君たちに何か渡す理由なんてないし…」 手にした鞄を守るようにしっかりと抱え、少年は震える声で反論する。ただのいじめられっ子かと思いきや、なかなかしっかりしている。 「そこまでよ!」 そこへ、お約束的な掛け声と共に現れる少女。柔らかい緑のポニーテールが揺れ、びしっと不良たちを指差す姿は凛々しくも愛らしい。 「地域の学生さんたちの平和を守る! カツアゲなんて悪事は今月の風紀見回り委員、エーメが許さないからっ」 一見、魔女っ子ですとでも言い出しそうな姿をしているが、単なる持ち回り委員だったりするようだ。 「なんだぁ? 即席の月代わり委員がでしゃばるってかぁ?」 「その緑髪、テメェ花人だなぁ?」 アゴを突き出し、見上げてから見下ろす感じのあからさまな威嚇のポーズをとる不良たち。ちなみに、花人とは魔法で作られた人工生命体と人間のハーフで、緑色の髪がその特徴だ。魔法科学の学校があったりするこの街ではあまり珍しくないのだが、一部の人間からは植物人間等と揶揄され、差別の対象になることもある。 「な、なによ! 花人は光合成が出来て環境に優しいんだから!」 身構えるエーメに、不良たちは下品な笑いを響かせながら歩み寄った。 「植物は植物らしく地面から生えてろよ」 「く、くうう〜…その侮辱、許せないっ。全国の花人に代わって前言撤回させるんだから!」 地域の学生さんたちの平和を守るはずが、いつの間にか花人の威厳をかけた争いへと発展していた。
「きゃうーっ」 エーメの悲鳴を合図に、路地へ駆け込んできたライズが見たものは。 「うああん、ライズちゃん助けて〜」 回し蹴りか何かを放とうとしたのだろう。高く上げた足を、しかしモヒカンの不良に掴まれてじたばたしているエーメの姿だった。あまり長くないスカートの裾がギリギリまで捲れ上がってしまい、絶対領域まであと数センチという感じ。 「お、お前ら何て羨まし…じゃなくて、オレの姫に何してやがる!」 ちょっと本音が零れちゃったライズ。途端に、その場の全員から一斉に冷たい視線を浴びる。 「ロリコン?」 「幼女趣味」 「変態…」 さっきまで不良たちに追い詰められていた少年までもが加わっている。その言葉の刃が心にぐっさり刺さってしまったらしく、ライズはちょっぴり涙目で反論した。 「違う! オレのエーメへの愛はそんな男女の愛では語れないような崇高なものなんだ!」 「…どんなものなの?」 当の本人であるエーメに問われ、びしっと姿勢を正し再びカッコつけるライズ。 「例えるならエーメは雨の夕暮れに路地裏で震える子猫…オレは決めたんだ、この子は一生オレが守ると!」 それを聞いた一同、ひそひそと小声で相談し、全員一致で結論。 「「やっぱり変態じゃん」」 「んなっ!?」 あまりのショックに、呆然と立ち尽くすライズ。心の子猫ちゃんもとい姫ことエーメにまで変態呼ばわりされた傷は深かった。 「何でこんなことに…オレはただエーメの手伝いを…」 そこではたと気付く。自分はこんな問答をしに来た訳ではない。地域の平和を守る今月の風紀委員に選ばれたエーメの手助けをするためにここにいるのではなかったか。 「つまり、お前らが悪事を働かねばそれでよしってことだーっ!」 いきなり復活したライズの拳を真正面から受け、ぶっ倒れるモヒカン。そしてようやく足を下ろせたエーメ。その勢いのまま、ライズはロン毛の不良を蹴り倒し、その横にいた少年を叩き伏せる。 「…あれ?」 エーメが首を傾げた。確か、ここには不良さんとカツアゲの被害者がいたような。全員倒しちゃってよかったのだろうか。 「ああ! ライズちゃん、その子は倒しちゃダメー!」 「え。」 しかし、時既に遅し。勢いよく叩き伏せられた少年はぴくりとも動かない。完全に気絶していた。 「ライズちゃんのばかー!」 「うう、だってコイツらのせいでエーメまでオレを変態だなんて…」 その言葉に、ぴたりと停止するエーメ。確かにちょっと悪ノリしすぎたかもしれない。ライズはこう見えて案外ナイーブなのだ。 「きゅ、救急隊員さん呼んで逃げちゃおっか」 「え、けどエーメ」 「いいの! 今日は失敗しちゃったけどまた頑張るからっ」 きっと今日もまた委員長に怒られちゃうけどねと、エーメは笑った。ライズは、その笑顔を見ると安心する。そして、忘れられない出会いの日のことを思い出すのだ。
天から降り注ぐ、雨粒。草木も獣も皆平等に晒されるそれに打たれながら、もうこのまま動けなくなってもいいと思っていた。 けれど…。 『どうしたの?』 顔を上げると、座り込んだ自分よりも低い位置で目が合った。ふわりとしたスカートが、地面から水を吸ってどんどん重くなっていく様子が見える。 『あんたは、オレを必要としてくれるか』 最後の主人にも捨てられ、もうどこへも行けない。そして、もう誰にも必要とされていない。ただ、それが惨めだった。 『ううん、特には要らないけど』 ああ、やっぱりなと思う。このまま、朽ちていく自分を半ば受け入れていた。所詮、自分はその程度の存在でしかなく、望むだけ無駄なのだと。 『でも、あなたが私を必要としてくれるなら。私もあなたが必要だと思う』 再び顔を上げると、泣きそうな顔の少女と目が合った。ごしごしと指先で目元を擦って、彼女は笑った。それは、雨上がりに咲く花のような、どこか湿っぽい笑顔だった。 『助け合い、してみる?』
あの日から、ライズは少女と一緒にいる。彼女は、捨てられた魔法生命体の自分に名を与えた。ライズというのは、異国の言葉で昇るという意味なのだと教えてくれた。そして、自分も彼女に名を与えた。キラキラと輝く石のような、けれど優しい木々の緑をも意味する言葉。エメロード、と。 「エーメ」 「うん?」 「やっぱりオレには、エーメが必要だよ」 そして、エーメは笑う。雨上がりの露を浴びて、控えめに咲く小さな花のように。 「私も、ライズちゃんがいないとダメダメかなっ」 そうやって、二人はただ同じ道を歩いていく。目指す場所も、目的もないけれど、二人で。
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