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クリエイター名 |
法印堂沙亜羅 |
サンプル1(ダークな時代伝奇)
その夜。 南の空が、赤く染まっていた。 鳴り響く半鐘の音。
「火元は芝だ」 「坊主と色子の尻に火ィついたってかい」
通りはごったがえしていた。 火元の方角より、両の手にもてるだけの荷を抱えて逃げてくる人々。 親にはぐれたか、泣き叫ぶ子供。 知人の安否を気遣い、呼ばわる声。 男は、逃げてくる人の流れに逆らって走った。 火元が芝と聞いて、矢も盾もたまらず、飛び出していた。 人をかきわけ、かきわけの道ゆきである。 焦るのは気ばかりで、なかなかに道がはかどらない。 この人ごみでは、腰の刀も邪魔だった。 御家人、といえば聞こえはよいが、無役の軽輩。 安い扶持では食えるわけもなく、食い扶持は他の職からまかなっている。 絵であった。 男は牙烈と号する絵師でもあった。 幕府の扶持をもらっている以上、武士であるにはあったが、己が何かと問われたら、迷わず絵師と答えるだろう。 にもかかわらず、こんな時にまで武士のならいで刀をさして来てしまう。 牙烈は皮肉に笑った。
――捨てられぬのか。この枷が。
武家であることは、牙烈にとってまさしく枷であった。
自サイト掲載「炎獣戯画」より抜粋
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