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クリエイター名 |
法印堂沙亜羅 |
サンプル3(平安ファンタジー)
一つ一つざっと確かめつつ山を崩してゆくと、一番下からかなり大きめの美麗な箱が出てきた。 長方形の箱の、長い方の一辺は、少年の背丈よりもずっとある。 材質ははっきりしないが、透明感のある薄青色の石のようなもので作られている。 奇童丸は、いぶかしんだ。 ここにあったものの中で、これだけは見るからに価値のありそうなものだ。 なのに何故、ここに置かれているのだろうか。 灯りを置いて屈み、蓋へと手を伸ばす。滑らかでひんやりとした感触が、手に心地よい。 「開かぬのか?」 両腕に力を込めても、蓋はびくともしなかった。ざっと箱を確かめたが、鍵のついている様子も無い。いかに美しくとも、開かぬ箱では仕方がないとて、ここに放置されていたのだろう。 奇童丸は、がっかりして立ち上がろうとした。 と、その時。 彼の心に、何かが呼びかけた。 ……力ある者よ、そなたに託す。どうか……を………れんことを………。 「これは……一体」 肉声ではないと、判ってはいたが衝動的に周囲を見回す。無論、人影は無い。 ずず……、と音がした。 箱であった。あれほど力をこめても微動だにしなかった蓋が、勝手にずれはじめていた。 蓋のずれた隙間から、白い靄のようなものが流れ出してくる。 潮の、香りがした。 母親の懐にいるかのような安心感を醸し出す、どこか優しい香りだった。 何事かと見ている間に、蓋は完全に開ききった。ごとり、と音を立てて蓋が岩の上へと落ちる。 靄が流出してゆくにつれ、箱の中におさまっているものが見えてきた。 奇童丸は、息を呑んだ。 箱の中には、一人の青年が横たわっていた。 箱と同色の狩衣と指貫を身につけた彼の肌は、色白というよりは、色が無いのに近い白であった。整った顔を縁取る、豊かな長い髪は銀の色。そして、銀の髪のいたるところに、小さな水の玉が宝珠の如くきらめいている。 「……綺麗だ」 奇童丸は、呟いた。 おそらくは人ではないであろう存在であった。しかし、恐れは感じなかった。己の法力への自信のためではない。 この異形の青年がどんなものであったとしても、絶対に自分を脅かしたりはしないという、妙な確信があったためだ。 すぅ……と、閉じられていた青年の目蓋が上がった。 ……海! 奇童丸は、思った。その瞳は、海そのものだった。深い、それでいて柔らかな青。ゆったりとたゆたう、暖かな春の海。 青年は、ゆっくりと身を起こした。きらきらと輝く滴が、いくつか宙に跳ねた。
自サイト掲載「海の方舟〜平安隠奇譚〜」より抜粋
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