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クリエイター名  白峰なおう
サンプル

『館』

「何でこんな日に嵐になるのぉ!?」
 誰に言うわけでもなく、南 敦美(みなみ あつみ)がヒステリックな声をあげた。
「まあまあ、そう言うなよ」
 困った顔をしながら、新藤 慶介(しんどう けいすけ)が敦美をなだめた。
「良くそんな事言えるわね!月に一度の旅行なのに!!」
 敦美は憤慨したように慶介に当り散らした。嵐になったのは慶介の責任ではないのだが、慶介の落ち着いた態度が気に入らないようだ。
「そんなこと言ってもな。旅行の時に嵐なのは確かに残念だけど、それで機嫌を悪くしていたら余計にこの旅行がつまらなくなると思わない?」
 そんなことは敦美にも分かっていた。しかし、理屈で分かっていても素直に認められなかった。
「ふん・・・・・」
 敦美はすっかりへそを曲げてしまった。
「やれやれ」
 慶介は困り果てていた。外は嵐、敦美は機嫌が悪い。どうにも居心地が良くなかった。
「機嫌直してよ。謝るからさ」
 それでも、敦美からの返事は無かった。しかたなく無言のまま車を走らせる事にした。

 しばらく進んでいくと目の前に大木が横倒しになっているのを見つけ、車を止めた。
「困ったな。これじゃあ先に進めない」
 慶介が、悪いことは重なるものだと言いたげに車から降りた。
「どう?動かせそう?」
 車の中から敦美が聞いた。
「ん・・・・・、駄目だ・・・これは人間1人の力じゃ動かせない」
 そう言いながら、慶介はずぶ濡れのまま車に戻ってきた。
「大丈夫?」
 気づかう様に慶介の濡れた体をタオルで拭きながら敦美が尋ねた。
「うん。でもどうしようか?」
「そうね、とりあえず迂回するしかないでしょ」
 敦美の言う通りだった。前に進むことが無理なら、別の道を探すしかない。
「でも、今から迂回したら5、6時間はかかるよ。このその間ガソリンスタンドもないし、ガソリンが持たないよ」
 当然、旅行にでるのだから出発する前に満タンにしてきたのだが、1日中走り回っていたのですでに限界にきていた。
「うーん、じゃあ車の中で1泊するの?」
「それが妥当かも・・・・・」
 そう言いかけたとき、突然車のラジオが鳴った。
「本日未明、旅行者2人が殺害されているのが発見されました。被害者は、刃物で数箇所を切り刻まれており、鑑識の結果、それが直接の死因になっていると判断された。犯人は今だ逃走中。場所は・・・・・」
 そのラジオを聞いて、2人は青ざめた。殺人事件のおきた場所は、ここからそれほど離れていない場所だった。
「ど、どうしよう?」
 敦美が震えた声をあげた。恐怖に打ち震えているようだ。
「こんな所にはいられないよ。とりあえずこの場所から離れよう」
 敦美が頷いたのを見て慶介はUターンをし、その場から離れようとした。しかし、何度やってもアクセルがかからなかった。
「何やってるの!?早くしてよぉ!」
 恐怖のあまり、敦美は大声で慶介を責め立てた。
「それが・・・、エンジンがかからないんだ」
 申し訳なさそうに慶介がそう言った。
「そんな・・・・・」
 敦美は泣き出してしまった。無理も無い。ただでさえ悪いことが続いているのに、この上殺人犯ときたものだ。慶介も敦美がいなければ泣いていたかもしれない。
「泣いててもしょうがない。とにかく歩こうよ。少なくとも車の中にいるよりはそっちのほうが安全だよ」
 まだ泣き止まない敦美を慰めながら、とりあえず車から出ることにした。
「さ、行こう」

 大分森の奥に入ってきた。あたりが暗くなるにつれて、慶介も不安になってきた。
 わざわざ森の奥に入ってきたのは、道路と違って見つかりにくいと判断したからだ。しかし、それは逆に、殺人犯に見張られていても分からないということだと気がつき、自分の判断が間違っているのではないかと不安になったのだ。
「あ、あの建物は?」
 敦美が突然声をあげた。
 そう言った先には古びた洋館があった。1階建てでところどころ壊れており、あきらかに人の住んでいる気配は無かった。
「あの洋館・・・使われてないんじゃ?」
「そうかもしれないけど、こんなところをあてもなく歩き回っているよりはマシよ!食べ物もあるかもしれないし!」
 敦美の言うことももっともだった。このままでは森で遭難してしまう。いや、その前に寒さで凍えてしまうと慶介は思っていたので、二つ返事で洋館に入ることにした。
「しかし、蝙蝠が多いな」
 空には不気味なほどの数の蝙蝠が飛び回っていた。洋館にもかなりの数が集まっていた。
「気にしない気にしない!さ、早く入ろう!」
 嵐を逃れられる場所が見つかったことで安心したのか、すっかり元気になった敦美が駆け足で洋館に向かっていった。

「ごめんくださーい」
「誰もいないんじゃないか?」
「ほら、一応礼儀として・・・ね」
「礼儀ねぇ」
 変なところだけしっかりしてると思いながら、慶介はそれを口に出さずにいた。
 入ってすぐのエントランスは広めに作られていた。正面に赤と青の扉があった。それ以外は柱が4本あるだけで何もなかった。
「外見は汚かったけど・・・・・中はもっと汚いね」
 あははと笑いながら敦美がそう言った。
 その時、他の部屋から獣の咆哮のようなものが聞こえた。
「・・・慶介、お腹減ったからって凄い音出さないでよ」
「違うって。俺は敦美の腹の音かと思ったんだけど」
「失礼ね。・・・・って、だったらさっきの音は何?」
 そう言っている間にも、咆哮のようなものや、何かが動き回る音が頻繁に聞こえてきた。
「・・・・・、ここにいてもしょうがない。どれか扉を開けて奥に入ろう」
 どこにいても危険なら、せめて風雨が防げるところにいたほうが良い。そう考えてなるべく奥の部屋に入ろうと考えた。
 どの扉を開けようか考えていると、正面の右手側の青い扉が突然開いた。
「このエントランスでもまだ風が入り込んでいるから、その風の影響で開いたんだろうな」
 慶介は自分に言い聞かせるようにそう言った。そう考えなければ恐ろしくて、1分たりともこの洋館にいることが出来そうに無かったからだ。
「丁度いいわ。あそこの扉に入りましょ」
 敦美は完全に風の影響で扉が開いたと信じ込んでいるみたいだ。まったく恐怖も見せずに扉に向かっていった。
「ま、いいか」
 慶介も続けて扉に入った。
「この部屋、真っ暗ね」
 敦美の言う通り、この部屋には正面に白い扉が1つ、左手側に緑の扉が一つあるのを確認できるくらいの明るさしかなかった。
「電気は来てないのかな?」
 部屋のあたりを探してみると、小さな机が確認できた。そこには電気スタンドのようなものと、電話が置いてあった。この電話は内線も使えるようだ。
「電気があったからつけるよ」
 敦美にそう言って慶介はスタンドのスイッチを入れた。スイッチを入れると、暗かった部屋にぼんやりと丸い光が浮かび上がった。
「キャアアアア!」
 そのとたん、敦美が叫び声をあげた。
「ん?何かあったのか敦美?」
 慶介が聞いたが、敦美は震えながら慶介の隣のあたりを指差しているだけで何も言わなかった。
 そして、慶介は指を差す方向を見た。
「うわぁ!」
 それを見た瞬間、腰を抜かして倒れこんでしまった。
 そこには無数の白骨があった。見るからに人間のものだった。これが人間でなければ、人間の形に進化した生き物といったところだろう。
「いやぁぁぁぁぁ!」
 敦美は恐怖から逃れようと、左手側の緑の扉に入っていった。
「待つんだ!敦美!」
 慶介はそれを追いかけた。
 その時、白い扉のあたりからガラスが割れるような音がしたが、焦っていたため慶介にも敦美にもガラスが割れる音は聞こえなかった。

 ガシャアンと窓が割れる音がして、男が洋館に入ってきた。
「不気味な洋館だな。ま、外よりはマシか」
 その男は、血の付着したナイフを両手に持っていた。
「暗くて何も見えねぇな」
 そう言って男はナイフをしまい、持っていたライターをつけた。
「なんだぁ?この部屋は」
 その部屋には、ありとあらゆる拷問道具が置いてあった。
「ここは・・・拷問部屋か?」
 男はどうでもよさそうにそう言い放ち、部屋全体を見回した。
「うわっ!」
 男は人間サイズのアリ地獄のような虫がたたずんでいるのを見て声を上げた。
「これは・・・置物・・・か?」
 調べてみてもまったく動く様子がないので、男はそれを置物だと認識した。
「くだらねぇ」
 そう言いながら机の上を見た。そこには館の見取り図のようなものがあった。
「これが見取り図なら・・・この印はなんなんだ?」
 見取り図には、黒いバツがいくつも書かれていた。その印は、一つの部屋にのみに存在していた。
「俺の考えが正しければこれは・・・」
 自分の考えをまとめながら部屋を見渡した。白い扉が一つあるだけで、他には何も無い。
「こんなところにいても気味が悪いだけだな」
 そう考えて、白い扉を開けた。
 扉を開けた先の部屋は電気がついていて明るかった。
「電気スタンドの電気がついている。つまり、俺のほかにも誰かが入ってきてるってわけか」
 男は部屋を見渡し、そこに白骨を発見した。そして、男は白骨を探った。
「これは鍵か。持っていったほうが良いだろうな」
 鍵を懐に入れ、男はナイフを手に取った。
「誰がいるか知らないが、不運だったと思いな」
 ニヤリと不敵な笑を浮かべると、男はそのまま目の前に見える青い扉に入っていった。

 敦美は息も絶え絶え逃げ回っていた。あまりの恐怖に頭がパニックになっていたのだ。
「敦美!落ち着くんだ!」
 慶介は敦美を抱きしめ、落ち着かせた。
「落ち着くんだ敦美。パニックになったら終わりだ」
 そう声をかけるたびに、敦美が落ち着いていくのが分かる。
「大丈夫か?」
「・・・うん。ごめんなさい」
 返事を出来るほどに敦美は落ち着いたようなので、慶介は安堵のため息をついた。
「でも、あの白骨は一体なんだったの?」
「わからないけど、ここは出たほうが良いみたいだね」
 慶介の提案に敦美は素直に頷いた。
「多分、そこの左手側の赤の扉が最初のエントランスにつながってるんだと思うよ」
「そうね。今までもつながってる扉は同じ色だったもんね」
 そして、敦美は赤い扉に手をかけようとした。
 しかしその前に、赤い扉のノブがガチャガチャと音を出しながら動いていた。
「ちょっと・・・、これって!」
 敦美は怯えながら慶介を見た。
「・・・・・誰かが・・・入ってきたんだな」
 慶介が頷きながら答えた。
「こっちは危ないわ!さっきの部屋の白の扉の部屋に行きましょう!」
 慶介は再び頷いた。
 そして慶介と敦美は白の扉に入った。
「何ここ!?」
 敦美は開口一番そう言った。
「ここは・・・処刑場か?」
 部屋の道具を、慶介は拷問道具とは思わなかった。むしろ、殺すことを前提にしたものだと思ったのだ。
「この人形、よく出来てるね」
 この人形とは、人間サイズのアリ地獄のような虫の事だ。
「人形・・・?あまりにも生々しい質感だな」
「最近の人形は作りが良いからね」
「そういう問題だろうか・・・」
 これが人形だとは、慶介にはどうしても思えなかった。
 そんなことを考えている時、突然グオオオオと言ううなり声が聞こえた。
「何!?」
 虫の人形が腕を振り上げ、慶介に向かって殴りかかった。
「くっ!」
 間一髪、慶介はそれを避けた。そして敦美の手をひいて部屋から全速力で逃げ出した。
「な、なんなのあれ!?」
「危なかった!あれを人形だと思い込んでいたら今ごろ死んでいた!」
 慶介は走りながらそう叫び、青い扉を開けてエントランスに戻った。
「ぐっ!」
 エントランスに戻った途端、足元に痛みを感じ、その場に倒れこんでしまった。
「どうしたの!?」
 敦美は慶介を助け上げ足元を見ると、蛇が3匹ほどいるのを見つけた。
「これって・・・毒蛇!?」
 それは間違いなく毒蛇の一種だった。その毒の影響で慶介は身動きが取れなくなっていた。
「まずい・・・!敦美・・・今すぐここから出るんだ・・・!」
 その時、突然敦美の背後に何かが現れた。
「敦美・・・!後ろ・・・!」
 敦美が振り返る間もなく、敦美はその何かに捕まり、その場から消えていった。
「敦美・・・!敦美!!!」
 慶介は震えた声で、敦美の名前を叫び続けた。

「ここはエントランスが。何も無いところだな」
 青い扉を開けて、エントランスへ入ってきた男がそう言った。
「あそこは出口か・・・いや、入り口と言うか」
 男はどうでもいいことに頭をひねった。
「ん、あそこに赤い扉があるな」
 そう言いながら男は赤い扉に近づいた。
 そして、その扉の向こうから声が聞こえてくるのに気がついた。
「ここにいたか」
 男はナイフを構え、赤い扉を開けた。
 赤い扉を開けた先には、人の姿は無かった。
「逃げたか?それとも隠れているのか」
 部屋の中を見回すと、正面に黒の扉、右手側に緑の扉があった。
 始めに黒の扉を調べたが、鍵がかかっていた。白骨の中から見つけた鍵がピタリと合うのを確認すると、その扉は後回しに、緑の扉を開けようとした。すると、もの凄い破壊音が聞こえた。
「何の音だ?」
 男は不思議に思ったが、他にこの洋館に入ってきた者が暴れているのだと思い、特に気にはしなかった。
 男が緑の扉を開けると、左手側の白い扉が破壊されているのを確認した。そしてその扉の向こうに、例の人間サイズのアリ地獄のような虫の姿があった。
「あれは・・・置物じゃなかったのか・・・」
 戸惑っている間に、その虫は男に飛びかかってきた。
 すぐさま男は緑の扉を開け、部屋に入っていった。しかし、虫は緑の扉を破壊してきた。
「こいつ、完全に俺狙いか」
 男は覚悟を決め、両手にナイフを構えた。
 その途端、虫が男の肩に噛み付いた。
 男は激痛に苦しみながらも必死に虫を引き離そうとしたが、どれだけ力を入れても動かなかった。
「このままだとやられる!」
 そう判断した男は、虫が噛み付いている肩の部分を切り離し、虫を突き飛ばした。
 壁に激突した虫は多少狼狽したが、すぐに立ち直り、男の肩を食した。
「こいつは・・・人食い虫か!」
 男は納得した。この虫がなぜ自分を狙ってきたか、それがわからなかったのだが、獲物を狙っているのなら合点がいく。少なくとも理由も無く殺されるよりはマシだ。
 だが、男はあきらめていたわけではない。このような修羅場は何度も潜り抜けてきているのだ。男には作戦があった。
「拷問部屋で見たあの図・・・、印がついていたのはこの部屋だ。俺の考えが正しければ!」
 男は壁際に寄り、虫を挑発した。狙い通り、虫は男に飛び掛ってきた。
「ふんっ!」
 虫が飛び掛ってきた場所から1歩退き、床を力いっぱい踏んだ。
 すると、虫がいる部分の壁がもりあがり、反対側まで伸びていった。虫は壁と壁の間に挟まれ、潰された。
「やったか!?」
 男は安堵の表情を見せた。
 しかし、潰されたと思った虫は、脱皮のように皮を破って中から出てきた。
「何!?外側は身を守るための鎧だったのか!?」
 虫はそのまま襲い掛かってきた。男は身をかわすのが精一杯だった。
「くそっ!」
 男は後ろに下がった。その途端、虫が1歩退き、床を力いっぱい踏んだ。
「何!!」
 すると、男がいる部分の壁がもりあがり、反対側まで伸びていった。男は壁と壁の間に挟まれ、潰された。
「ぐはぁ!」
 男は吐血し、その場に倒れこんだ。
 勝利を確信した虫は男に近づき、爪を男の腹に突き刺した。
「くっ・・・カカ、これで逃げられねぇだろ・・・」
 男は腹に力をいれ、爪を固定した。虫は爪を外すことはおろか動かすことも出来ず狼狽した。
「くらえ・・・」
 力を入れて、ナイフを虫の目と目の間に突き刺した。
 叫び声をあげながらあがく虫を壁に張り付け、床を力いっぱい踏んだ。
 グワシャッという音とともに男と虫は一緒に潰された。

 慶介は毒蛇を追い払い、うまく動かない体に鞭打ちながら赤の扉を開けて中に入っていった。
「なんだこれは・・・・・」
 中の様子を見て、慶介は絶句した。あたりに血が飛び散り、凄惨な状況となっていた。
「あれは・・・、さっきの虫と・・・人?」
 体を引きずりながらそこに近づくと、確かにさっきの虫と人だと言うことが分かる。
「この人は・・・殺人鬼か?」
 確かめようはなかった。手にもっているナイフにしても、このとの戦いで血に染まったのかもしれない。
「ん?この人の上着から何か光るものが・・・」
 慶介は失礼しますと言いながら、それを手にとった。
「これは・・・鍵?」
 手にとったのは真っ黒な鍵だった。部屋を見回すと、黒の扉が見つかった。
 そして黒の扉を調べると、鍵がかかっていた。
「ここ・・・か」
 鍵を外し、黒の扉を開けた。中には光が灯っていて明るかった。慶介は奇妙な男がこちらを見ているのに気がついた。
「いらっしゃい。良く来たね」
 妙な男が敦美を抱えて出迎えてきた。
「さっきの・・・敦美を連れ去った男・・・」
「オウ、イエス」
 その男は、馬鹿にしたように返事をした。
「敦美を離せ!」
「ふん、人の館に勝手に入ってきておいて、ずいぶんな言い草じゃないか」
 男はそういいながら立ち上がった。
「私はこの館の主。数百年前からずっとね」
「数百年前から?馬鹿な。それより敦美を離せ!」
 慶介は馬鹿にするなといわんばかりに、館の主を睨んだ。
「信じられないのは無理は無い。しかし事実だ。そして、この子は私のものだ」
「なんだと?敦美をどうするつもりだ!」
「簡単なことだ。私の子供を生んでもらうのだ」
 館の主は当然と言った顔で答えた。
「子供だと?」
 慶介は怒る前に不思議に思った。何百年も前から生きていて、子供をつくるチャンスがなかったというのか?
「ま、君の考えていることは分かるよ。子供ならいるさ。君も見たはずだ」
「・・・?」
「分からないか?あの虫、毒蛇。あれが我が子だよ」
 慶介は驚愕し、何を言ってよいかわからなかった。
「私の役目はこの館を守ること、そして成長させることだ。
 館の主はゆっくりと語りだした。
「そのためには、この館のガードマンが必要だ。それが私の子供たちだ」
「・・・・・どうしてお前の子供はそんな化け物なんだ?」
「化け物とは酷いな。まあいい、教えてやろう。この館ははるか昔からある。そう、私がこの館の主になる前から存在していた。私は前の主を殺し、この館の新しい主として迎えられた。この館の主となった時点でその者は特定の種族ではなくなる。そう、それは虫でもあり、毒蛇でもあり、吸血鬼でもある。同時にそのどれでもない。自分が望んだ姿になれるのだ。そして、虫の姿で子供を産ませれば虫が、毒蛇の姿で子供を産ませれば毒蛇が生まれる。そうやって子供を産ませ、この館と自分を守り、成長させているのだ」
 一言一言、子供に言い聞かせるように館の主は説明した。
「なるほどな、話は分かった。だが、敦美は返してもらう」
「君には無理だ」
 そう言うと、館の主は慶介の背後に移動し、首筋に噛み付いた。
「ほら、抵抗する力もないようだね。でも安心しな。君は私の成長のために役に立つのだからな」
 そう言いながら、館の主は慶介の体から血を吸い始めた。
「や・・・やめ・・・」
「やめさせたければ私を引き離すと良い」
 館の主は笑いながらそう言った。
「いや、やめるな。この状態がいいんじゃあないか」
 そう言いながら、慶介は笑った。
「何?」
 動揺するのは館の主のほうだった。
「俺はさっき君の子供、毒蛇に噛まれた。貴様が吸っているのは血だけじゃない、その毒もだ」
「な・・・!?」
 気がついたときにはすでに遅く、館の主はすでに全身が毒に犯されていた。
「逆に俺は毒が無くなって元気になってるぞ。これで終わりだな」
 毒に苦しんでいる館の主を押さえつけ、部屋にいた男が持っていたナイフを突き立てた。
 館の主は悲鳴をあげながらもだえ始めた。
 慶介は気絶している敦美を抱え、館から脱出した。
 外はすでに夜があけていた。

「敦美?大丈夫か?」
 車の中で、慶介は敦美に声をかけた。
「ん・・・、慶介?」
 敦美は目を覚ました。
「お、起きたか。さっき車が通りかかって、エンジンオイルとガソリンを分けてくれたからこれで車で帰れる
 ぞ。」
「何か・・・なかったっけ?」
「何だそりゃ?君はずっと車で眠っていたよ」
「そっか・・・。じゃ、早く帰りましょ」
 慶介は車のエンジンをかけ、帰路につくことにした。
 二人は館での記憶が無くなっていた。

 館の中で主は死んでいた。
 館は次の主を求めた。
 館の中に息のある男が一人いた。
 館はその男を新しい主に仕立て上げた。
 自分自身を守るために。

《END》
 
 
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