|
クリエイター名 |
財油 雷矢 |
サンプル
「運命という名の喜劇」
深夜の教会。二人の男女が向き合っていた。 男は青年と呼ばれるのに相応しい年頃。蝋燭の僅かな光の中でもその横顔は優美で、肌が白くどこか儚げな雰囲気のもあってか作り物めいた美しさをしていた。 相対する女は少女と言うべき年頃。生命の輝きに満ち溢れた溌剌とした印象を持つ少女だ。美しい、よりも可愛い少女ではあったが、その視線は射殺さんばかりに青年を睨みつけていた。その華奢な手には似合わぬ大ぶりの武器──おそらくはボウガンみたいなものだろう──を関節が白くなるほど握り締めていた。 「──皮肉な…… ものですね。」 青年の唇がその容姿に見合うような巧の技の楽器を思わせる響きを紡ぎ出す。 「願わくばこの身に流れる忌まわしき闇などなければ良いのに。 汝が卑しき刻(とき)の流れより解き放たれた者であればよかったのに。」 まるで舞台の上の俳優のように言葉が流れる。 照らし出すスポットライトもなく、観客は目の前の少女一人。そんな狂おしいまでの喜劇…… 「でも……」 いや、観客はいなかった。この少女も役者の一人。喜び、悲しみ、怒り、諦め。様々な感情が入り乱れる。思い切り笑いたかった。こんな喜劇を一笑に伏したかった。でもこれは紛れも無く現(うつつ)。 「でも…… だからあたし達は出会った。 ちょっとした皮肉が生んだ…… 出来損ないの脚本のように。」 「そう、それはまさに偶然という脚本。しかし私はその偶然に感謝している。」 言葉を受け、マントの中の両手を広げ、少女を迎えるように一歩前に踏み出し…… 「来ないでっ!!」 明らかな拒絶の声。いや、悲鳴。 重力のままに下げていた武器をピタリと青年の心臓に向けた。手は震えていたものの、的を外すような震えではない。 外見はボウガンであったが、番(つが)えられていたのは矢よりもずっと太い一本の杭。白木の杭、であった。 「来ないで……」 二度目の拒絶の声は弱々しかった。 まっすぐ見つめる目から、大粒の涙がこぼれる。 「どうして…… どうしてなの?」 こぼれる涙を拭いもせず、睨むように青年を見つめる。 「どうしてあなたが……」 「そして、どうして君が、だ。」 涙を流す少女を悲しそうに見つめる青年。 「もう我々に残された道は二つ。」 着ていたマントをコウモリの羽のように広げる。 「共に夜の住人として永久に生きるか。」 少女は手の武器をもう一度構えなおす。 「それとも…… 共に滅ぶか……」 愛し合う二人が出会ったのは偶然。そして引き離すのは運命。 しかし、運命が二人を分かつ前に、
鳴り響く銃声。
咲いた血の花。
声にならない叫び。
そして静寂。
いや、ポタ、ポタ、と床に何かが滴り落ちる音。
『何故だ……』 同じ意味を持つ呟きが二つ聞こえた。 一つは何時の間に現れたのか、硝煙棚引く猟銃を構えた男の口から。 もう一つはその秀麗な顔に赤い文様を散りばめた青年の口から。
少女は背中を朱に染め、青年の腕の中にいた。 落とした衝撃で解き放たれた白木の杭が、あらぬ方へと飛び、燭台の一つを砕く。
「…………」
すでに生気を失った唇からはもう空気の漏れる音しか聞こえない。 しかし言いたいことは痛いほどに分かった。
(逃げて……)
ごふっ、と少女は血のかたまりを吐いた。 おそらくは十字架を潰して作った銀の散弾なのだろう。 たとえ、今ここで自分の眷属にしたとしても滅びてしまうのは明白。人間の身では生命の炎を繋ぎ止めるのは不可能であった。
「何故だ……」
両の腕(かいな)に抱き留めることを夢見ていたのに…… 狩る者と狩られる者でさえ無ければそれは「夢」と語らずに済むものだった。 「何故だ……」
腕の中の温もりが消えつつある。すでに死神に魅入られてしまったのだ。
「何故だ、人間よ!」
瞳を血のような紅に染め、少女を腕に抱えたまま立ち上がる。 その言葉に弾かれたように、もう一度銃声が鳴り響いた。
「何故だっ!!」
しかし銃弾は不可視の壁により全てはじかれる。 その力を恐れた男は猟銃を放り出し悲鳴を上げて逃げ去っていった。
「何故だ……」
誰に呟いた言葉か。 腕の中の少女が僅かに震えた。 慌てて目を落とすと、少女は一瞬だけ、ほんの一瞬だけ、小さく笑みを浮かべた。
……それが彼女が残した最期の「言葉」だった。
「…………」
力を失った体を強く抱きしめる。
砕かれた燭台から落ちたロウソクの炎が徐々に広がり始めていた。 いずれこの教会も炎に包まれるであろう。
「私は…… 人になりたかった。 心からそう願った。 しかし、もうその願いも必要とはしない……」
床から壁へ。炎は全てを舐め尽くすように勢いを増していく。 その炎を醒めた目で見つめている。
炎で焼き尽くされればこの身も少しは清められるだろうか。 この少女と一緒の所に行けるのだろうか。
「一緒に行けぬのなら、せめてこの娘に滅びを与えて欲しかった……」
炎は天井まで伸び、脆くなった梁がバラバラと落ちてくる。 破片の一つが青年の腕を掠めた。 そこからジンワリと血が滲み出す。
「……血?」
赤い、血。
「ふふふふふ……」
いきなり含み笑いを漏らす青年。すぐにそれは高笑いへと変わる。しかし、その笑いはひどく虚ろな響きを持っていた。
「笑え、笑ってくれ! 私はすでに忌まわしき枷より解き放たれていたのだ! 何も恐れぬ物は無かったのだ! 輝かしい陽光も、冷たき水の流れも、何もかも……!!」
青年の目から涙が溢れる。 数百年の時を超えて流れた心の証。
「しかし何故だ。何故涙が止まらぬ! 何故この身が! 心が! 斬り裂かれんばかりに痛むのだ!
心が…… 痛むのだ……」
少女を抱えたまま、青年は十字架の基に腰を下ろす。
「そなたがいないから、なのだな……」
その呟きは炎の中に消えていった……
|
|
|
|