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クリエイター名 |
そーら |
サンプル
『Luminary』
俺は光を見ていた。
夜色をした湖のその向こう、山の端を明け染める淡い曙光。 暑すぎる夏の、じりじりと肌を焼く熱線のような木漏れ陽。 通りを行き交う女達の、耳に揺れる宝石の煌めき。
そんなものでは、俺の目を眩ませることはできない。
俺の目はいつも闇の淵を覗き込んでいて、例え太陽そのものが隣で燃えていよう と、まるで青いすりガラスを透かしたように、遠い存在に見えた。 深淵の底には、何があるのかわからない。 だが俺の目は、そこから離れることはない。 足元の地面が、もろもろと崩れ落ちて行く時。 俺はその正体を知るだろう。
誰かが耳もとで囁く。 目を開けろ、と。 俺は呟く。目はとっくに開いている、と。 だが、それはウソだった。俺は目を閉じたまま深淵を覗き込み、目を閉じたまま、 そこに倒れこもうとしていたに過ぎなかった。 声は再び繰り返す。 目を開けろ、と。目を開けて、そこにあるものを見ろ、と。
気の遠くなるような昔。年数にしてみれば大したことはないのだろうが。 俺は光を知っていた。 子供の頃に迷いこんだ、林の奥の洞窟で。ささやかな逃亡のなれの果てである隠れ 家。一片の灯火さえない新月の晩は、洞窟の中も外も同じ夜の闇に包まれていた。何 故かその闇に、恐怖より親近感を覚えた俺が、入り込んだその奥に。 それはあった。 初めは爪の先ほどの小さな明りだった。目を凝らすうち、それはどんどんと大きく なった。白熱した真球へと変貌を遂げる。その強烈な光度で俺を圧倒し、尻餅をつい た俺を嘲笑うかのように、唐突に飛び立った。 俺はがむしゃらに後を追った。 何故追いかけるのかはわからなかった。すっかり焼き尽くされた瞳孔を目一杯開 き。ほとんど見えない曲り道を、俺は走った。 その時。 確かに何かが羽撃く音が聞こえた。いつのまにか洞窟の外に出ると、俺の目の前 で、それは木立より大きくなっていた。 光は天高く舞い上がり。どんどんと、どんどんと小さくなって行き。 ・・・・・・・いや。 その先はよそう。
記憶の中の光に気を取られていた時。 俺を取り囲む青いガラスの向こうで、何かがきらりと光った。思わず目を向ける。 いや、目を開く。 ・・・・そこにあったものは。
「くだらない。命は奪うことはできても、蘇らせることはできないのよ。」
・・・何だ?いや、誰だ?
「ついてこないで。命の意味も知らない人間と、一緒に旅をするつもりはありませ ん。」
何だ?何を言ってる? 誰が?誰に向って?
「大切なものがない人などいません。・・・なければ、自分で探すことね。」
大切?大切なものって?
「私も・・・探しているのかも知れない。私の大切なもの。無くしてしまった大事 な物を。・・・あなたも、無くしてしまったんですか?」
俺は俺の声が、その声に答えているのを自分の耳で聞いた。 「俺には宝物などない。大事なものなどない。」 青いガラスは、だんだんと透き通ってきたようだった。 「なければ探せばいいでしょう。」 「わからない。探しても、見つかるとは思えない。」 「試してみたこともないのに、駄目だと諦めるのは早計かも。」 「・・・見つかるかな?」 「・・・私は、まだ。でも、探すことはできます。・・・探し続けることは。」 「それでも、見つからなかったら。」 ガラスはもはや、ないも同然だった。小さな光は、もう眩しくて正視できないほど に、輝きを増していた。その中で光が答えた。 「・・・私は、結果が一番大事だとは思いません。・・・むしろ、そこまでの道程 が・・・・そこへと至る道が・・・結果として何も見つからなくても・・・もしかす ると私にとってそれが、一番の物に変わるも知れない、と思うからです。」
・・・その瞬間。俺の内なる視界の中で。 たくさんの鈴が突然天から降ってきたように。高らかに崩壊を知らせながら、ガラ スが砕けた。 俺は目を閉じ。そして開いた。 そこには、束ねた銀色の髪を風に揺らす、一人の女が立っていた。 彼女は俺の投げたナイフを、俺に返してよこすとこう言った。 「探してみますか?あなたも一緒に。」
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