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クリエイター名 |
黒崎 |
サンプル_「友達」
わたしは外の世界を知らない。 病気で、外に出られなかったから。 だけどわたしは別に困らなかった。 家は大きなお屋敷で、召し使いもいっぱいいた。 身の回りの世話だって、みんながしてくれた。 だから外の世界を知らなくても、ずっとこうして生きていけると思っていた。
それなのに。
一年のうちのある一日。 その日はいつもと違う召し使いだった。 「あら、いつもの召し使いは?」 わたしはその召し使いに聞いた。 「あの人なら、今日はご友人の結婚式で休暇をいただいていますよ」 わたしにとって、それはいままで生きてきた中で指折りに入るおどろきだった。 「お友達? お友達がいるの?」 わたしはその召し使いにもう一度聞いた。 「何をおっしゃっているんですか。友達など、みんなにいるでしょう?」 わたしにとって、その言葉はいままで生きてきた中で一番心に突き刺さった。 お友達は、誰にでもいるもの。 召し使い達だって、みんなみんなお友達がいる。
――だけどわたしは?
召し使いはお友達? いいえ、召し使いは召し使いよ。
わたしには、お友達がいない。
わたしにとって、それはいままで生きてきた中で、気付いているようで気付いていない真実だった。 その日一日、すべてが涙色に見えた。
次の日、いつもの召し使いが帰ってきた。 わたしは真っ先にその召し使いにすがった。 「ねぇ、わたしお友達がほしいの!」 すると召し使いは笑って言った。 「それではお手紙を書かれてはいかがですか?」 そしてわたしに便せんと羽ペンをくれた。 うれしい。これで私にもお友達ができるのね。 「あぁ、でもどうしようかしら。誰も書く相手がいないわ」 そうよ、お手紙は書く相手がいるからお手紙なのよ。 わたしはがっくりして、その日をまた一日涙色で過ごす――。 「でしたら、町のみんなにお手紙を書かれてはいかがですか?」 ――はずだったものを、召し使いが変えてくれた。 「そうよ、そうだわ! みんなに書いたらいいのよ!」 これでお友達がたくさんできるに違いないわ。 わたしはうれしくてたまらなくて、震える手で、たくさんたくさん手紙を書いた。 一通一通心をこめて封蝋をして、町の郵便屋さんにお手紙の配達をお願いした。
だけど、何日たってもお手紙の返事は返ってこなかった。 何週間待っても、お手紙の返事は返ってこなかった。 何か月待っても――。
わたしはとても悲しくなった。
だけど悲しくなったからこそ、意地になってお手紙を書き続けた。 毎日毎日お手紙を書いた。 しまいには町の郵便屋さんと顔見知りになってしまった。 だけどわたしがほしいのはお友達。 顔見知りがほしいわけじゃない。
一年のうちのある一日。 その日もわたしはお手紙を書いていた。 一通一通心をこめて封蝋をして、町の郵便屋さんにお手紙の配達をお願いしたら。 「お嬢さん。お手紙が来ていますよ」 「え?」 町の郵便屋さんが、たくさんのお手紙と引き換えに、一通のお手紙をくれた。 それはたしかにわたし宛。 「これ……」 「よかったですね、お嬢さん。私も毎日たくさんの手紙を届けた甲斐がありました」 町の郵便屋さんはにっこりと笑って、お仕事へと出かけて行った。 その瞬間、わたしはそのお手紙をにぎりしめてわたしの部屋へと走った。 だれにも邪魔されないように、扉に鍵をかける。 そしてそっと、お手紙の封を切った。 「はじめまして――」 その手紙の内容は他愛のないものだった。 いままで届いたわたしのお手紙はすべて読んでくれていたこと。 町ではわたしのお手紙が、ちょっとした話題になっていること。 そして――。 「僕でよければ、お友達になってくれませんか?」
お友達に。
ずっとずっと待っていたその言葉。その存在。
その日一日、すべてが涙色に見えた。 だけどそれは悲しいいろではなくて、とてもあたたかな色。
わたしにとって、それはいままで生きてきた中で、まぎれもなく一番うれしいできごとだった。
end
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