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クリエイター名 |
グロック |
情景描写
人の足跡が辛うじて見分けられるほどの隘路の両脇に、リオナの背丈ほどの高さに生え揃った大泡立草(オオアワダチソウ)が無数の黄色い花弁を色づかせて揺れていた。 つがいと思しき赤蜻蛉が仲睦まじく絡み合いながら頭上を追い越していく。 右手には天然の土手のように盛り上がった丘が続き、視界の半分を埋めている。左手には欝蒼と茂る竹林が一面に広がり、蒼穹を覆い隠さんばかりに重ね合わせた枝葉をそよ風の中に躍らせていた。竹林のさらに奥には霊山アンデアドの山上に源泉を持つエル川が、その清らかな流れを大地に横たえている。 南へ流れるこの川がどこへ繋がっているのかはわからない。海へ向かうのか、それともどこかで乾いた大地に飲みこまれてしまうのか―― しかしながら、この辺りの自然が回復していることは確かだった。 人びとが「大地は枯れてしまった」と嘆くように、リオナたちの生活圏の外では荒涼とした砂漠が拡がっている。 そのような状況でもレガスティアの近郊に緑が回復しつつあるのは、地下にも水脈が豊富で、澄んだ水が地上と地中を循環していることが一因にあるのだろう。 とりわけ、エル川の存在は人間だけでなく野山の生き物にとっても大きかった。 ――この川には、命が流れている。 ――この命の流れがある限り、私たちは、まだこの世界で生きていける。 それはリオナだけでなく、この地に生きる全ての人びとの実感である。 道なりに進んだリオナは土手の登り口にさしかかっていた。背に負った少女も合わせた二人分の重みがその一歩一歩にのしかかってくるが、斜面につま先を引っ掛けるようにして土手を登っていく。 この土手の真上に出るとレガスティアの町が一望できる。 田畑の土臭い匂い。堆肥の匂い。家や小屋に組み込まれた材木の匂い。少し遅い昼食を用意しているような炊事の匂いや、ごみを焼く匂いなどが混然となって風に運ばれてきた。 それらは決して香り好いものではないが、眼下に広がる田畑や家々から漂う人びとの生活の匂いというものが、硬く張りつめていたリオナの心を優しく解きほぐしてくれる。 人がいるということは、安心できるということなのだ。
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