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クリエイター名  青猫屋リョウ
現代物


◆不治


 そいつは俺の同期で、たまに一緒に飲み行ったりとか合コン誘ったりとか、めちゃくちゃ親しいって訳じゃなかったけど友達だった。よく笑ってよく喋って、うるさいくらい明るい奴だった。
 その日の朝までそいつはいつもどおり笑っていた。
 ちょうど昼ごろ廊下ですれ違って、おう、とかやあ、とか軽い挨拶を交わしあったのに、夕方前にそいつは血を吐いて死んだ。ごぼごぼと、着ていた白いYシャツが真っ赤になるほどの量の血を口から溢れさせて、そいつは倒れた。倒れたときにはもう死んでいた。
 フロア全体にまずざわめきと悲鳴が駆け抜けて、その後は静寂が訪れた。
 ついにきたか、って、誰も口にはしなかったけど、考えていることは同じだった。

 ゼルマルタ病と名づけられた病気が話題になりだしたのは一ヶ月ほど前。その頃既に世界中で死者が出ていた。ちなみに、ゼルマルタというのは一番最初に死んだ人の名前だそうだ。
 この病気にかかったら血を吐いて死ぬ。ごぼごぼ吐いて死ぬ。死亡率は今のところ百パーセントだ。しかもやっかいなことに空気感染する。
 最初の発病者が出てから二ヶ月たった今、世界人口は三分の二に減った。
 治療法はまだない。と言うか、多分もう見つからない。なぜなら、研究していた学者たちが一番最初に感染して死に絶えたからだ。

 その夜は月が綺麗だった。街は以前の喧騒をどこかへ追い出してしんと静まり返っている。人通りもなければ街頭の明かりさえ弱々しい。
 深夜のコンビニにもまるで人影はない。ポーンという間抜けなチャイムと共に自動ドアを潜った俺に、いつもの陰気なバイトの男がいらっしゃいませと呟く。
 ビールを物色しようと棚の向こうを覗いて、思わず息を呑んだ。
 床に黒々と残る、吐血の後。掃除しようとした跡は見て取れるが、何かの恩讐のように床に、棚にこびりついて取れない血の塊。
 客がいないのはこのせいか、と妙に冷静に考えている自分がおかしかった。
 それぞれ違う会社のビールを三本取ってレジに向かう。おでんをかき回していた陰気なバイトが俺を見て、どこか泣きそうに笑った。
「……あれ、誰か血吐いたの」
 レジを打つバイトにぽつりと尋ねると、彼は小さく頷く。
「店長が、昨日死んだんス」
 丸眼鏡で小太りの、人のよさそうな店長の顔が一瞬目の前をよぎった。
 そして、他人の死になど全く感情が動かなくなっている自分に気づく。
「バイト代ちゃんと出んのかな。ってか、俺もヤバイっすよね、感染」
 あはは、と笑って、それから泣きそうな顔をする。
 どうせ空気感染するのだから、こうなった今は世界中のどこにいたって条件は同じなのだろうけれど、気持ちは判る。俺も同僚の死を目の当たりにした後しばらくはとても会社に出られなかった。
「……俺、就職決まってたんすよ。一応希望の業界で」
 陰気な彼が妙に饒舌なのは不安の裏返しだろう。レジを打つ手も止まっている。
「でももう就職どころじゃないっすよね。ホントもう、どうしようって感じ」
 乾いた笑い声は次第に小さくなってどこかへ吸い込まれていった。後にはカタカタとレジを打つ音だけが残った。
 
 コンビニを出てもやはり人通りはなかった。暗い町並みを見ながら、もう、この街で何人死んだんだろうと思ったが、すぐに考えるのをやめた。
 これからどうなるんだろうとか、そういう思考はもう突き抜けて、俺の中にはぽっかりとした諦めだけがある。
 ついにきたんだな、と言う、乾いた諦めだ。
 何が「ついに」なのか自分でも良く分からないけれど。
 それでも「ついに」なんだと思って空を見上げた。夜空はやたらと綺麗だった。

 
 
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