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クリエイター名  小鳩
【トリニティ・ロジック】(SF・ホラー・ダーク)

【トリニティ・ロジック】より

 “ウェーヴァ”が起動して以来、海は幽界(かくりょ)と繋がり、時折、死人を波間から吐き出す時がある。一度死んだ者が、夕刻になると海から上がってくる現象……。海から還ってきた者たちを、人々は“帰還者(リターナー)”と呼んでいた。
『……ジンは、東の海から来たの?』
『判らない。俺の記憶は生きていた時と、引き出しが違うみたいだから、断定できない。だから答えはノーでいいかな?』
 帰還者の多くは以前と姿が異なる。地上へ打ち上げられると、肉体も精神もクリーチャーになってしまうのだが……、ジンの見た目は全く生きている人間のそれと変わらない。
 しかし、何か特有の“冷気”を感じさせた。
 人ではない何かの……。
 ゆえに、ジンと馴れ合うのは危険と隣り合わせとも言える。
『私だけの能力ではこの区域へ行くのは無理。ジン、あなた力を貸してくれるの?』
『もちろん。シールーのためなら』
 ジンの手が右手に重ねられる。手のひらは意外にも体温を持っていて、脈も呼吸も確認できた。なぜか、最初に会った時から、ジンは恋人に対してするような扱いを続けているのだ。

 とてもゆっくりだけど、心臓が拍動しているのだわ……。

 メディカル・センサーで感知した結果に、軽い衝撃さえ覚える。
 活動している帰還者の肉体構造がどうなっているかなど、今まで誰も調べたことなどない。大抵、対峙した時点でこちらは捕食の対象であり、命懸けで殺し合わなければならないからだ。
『シールー! ジンの言うこと信じるの? コイツ、帰還者なんだよ?』
『エスリーは俺のことが嫌いなんだ?』
『大嫌い! その目がイヤだ! 何考えてるか分かんないし! それから、シールーに触るところも!』
 ジンは間髪入れずに叫いた少年を一瞥してから、子供がする仕草で頭を掻きながら立ち上がった。
『何処へ行くの? 話はまだ途中よ』
『狩りに行ってくる。しばらく喰ってなかったし、そろそろエネルギーが不足してくるからね』
 何も言い返せない。帰還者(リターナー)はクリーチャーからしかエネルギーを補給できない。クランベリー味のシリアルバーなど不要なのだ。
 ジンがテントの外へ出て行くと、エスリーは毛布から這い出てきた。
『シールー! 僕、ジンと一緒にいるなんていやだ! いつか二人とも食べられちゃうよ!』
『でも、この安全地帯へ入るためには、ジンの協力が不可欠だったわ……。私は一度【二段階目】の変身をしてしまったから、しばらく能力が使えないの。ごめんなさいね』
 興奮して振り乱す細く柔らかい栗色の髪を撫でながら、できるだけ落ち着くように言い聞かせる。エスリーは唇を尖らせて不満そうにしていたが、やがて小さな溜息を吐いた。
『僕……。お腹空いても大丈夫だよ。いざって時は……ク、クリーチャー食べればいいんだし』
 その顔があまりにも悲壮感を漂わせていたので、思わず苦笑してしまう。
『大丈夫。地図にあるのは大きな都市だから、缶詰のスープぐらいあるわ』
『本当? だったら頑張れる!』
 お気に入りのクマのぬいぐるみ、“ミス・パーシー・ジーン”を抱えると、少年はもう一度寝床へ戻っていった。地図を確認していると、もう眠ったと思っていたエスリーが神妙な口調で話しかけくる。
『ねえ。シールーは……【ミハイの塔】に住んでたんだよね? その……どうして、出てきちゃったの?』

 少なくとも人間らしい暮らしができていたはずだ。
 誰もが口々にそう言うが……。

 【ミハイの塔】の管轄にある者は、後頭部と首の間に神経を通したケーブルを装着している。施設内では使用することが多かったケーブルも、外では補助機能でしかなく、この所為で身分を隠すこともできない。
『……そうね。どこから話したらいいかしら……』
 地図をたたんでいると、外から轟音が響いてランプの灯りが消えそうなほど、テントが大きく揺らいだ。瞬時にケーブルへ溜めていた静電気を両手へ充填する。
 テントの周辺を何者かが徘徊していた……。
『失礼』
 ジンの無感情な声が耳に入る。
 緊張が解けると、エスリーは嫌味をたっぷり振りかけた言葉で罵り、ジンが乾いた笑いで答える。
『愛しいシールーから離れないでおこうと思ったら……、ちょっと近くに寄りすぎたかな?』
『ジン! ずっと食事してていいよ! 永久にね!』
 テントの内側へ、彼のシルエットだけが映り込んでいた。一瞬……血のにおいがした気がしたが、ジンの気配はすでになくなっていた。
『ああっ! もう、いやだっ。 おっかないんだよ帰還者は!』
『……私も同じようなものよ』
 “とんでもない!”といった風に少年は大げさに肩をすくめてみせた。
『シールーは違うよ! 変身した姿も綺麗だった。ジンみたいじゃ……』
 首を左右に振って否定すると、エスリーは自分の毛布を肩へかけてくれた。
『話しておかないと……。いいえ、聞いてくれるかしら? 私がどうして【ミハイの塔】から逃げ出したのか……』
 空が白みだすまでの数時間。
 ジンが帰って来るまでに、自分は何を、どこまで打ち明けられるだろうか……。
 
 
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