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クリエイター名  久冬 十
焔蛇池

【 焔蛇池 ――退魔師 四方木 凜―― 】

「また死体が出たらしい」
 黄昏の通りの角でひそひそと話す声が聞こえる。
「焼死体が……」
「池に浮かんでいたのか……」
 村では若者の変死事件が連続していた。
 死体はすべて丸焦げにちかい重度の火傷を負っており、みな同じ場所で発見されていた。
 焔蛇池(えんじゃいけ)――。
 はるか昔、炎を纏う妖蛇を沈めたとされる池。
「やはり、焔蛇の呪いか……」
「わしらにはどうすることもできん……」
 落胆に暮れている老人たちの脇を一人の少女が通り過ぎた。
 この村の人間ではない。
 色白の頬が暮れる夕日をうけて紅く染まっている。藍色の紐で結わえた黒髪が、夕闇のなかへ溶け込むようにゆらゆらと揺れている。
 すれ違う人々は誰も気付かない。少女の内側に秘やかと耀く霊気を。
 少女――四方木 凜(よもぎ りん)は件の焔蛇池の方角へ歩みを進めた――。
 
 
 凜は村の外れにある、長く手入れのされていない荒れた林道を歩いていた。
 すでに日は落ちていたが、夜目がきくので明かりは必要ない。
 ほどなくして林道を抜けると雑草にかこまれたちいさな池に辿り着いた。あたりには霧とも煙ともつかぬものが漂っている。
「……瘴気が濃いな……」
 凜は池の中心部に視線を向ける。
「そこにいるんでしょ? 出てきなよ」
 凜の呼びかけに応えるように、池の水面が泡立ちはじめる。たちこめる瘴気が、赤く、燃えるような色に染まっていく。
 泡立つ水面から、赤い着物を着た女のすがたが浮かび上がった。ずぶ濡れの女は水面に立つと凜に向けて問いかけた。
「わらわに何用じゃ? 小娘」
 艶やかな、耳にからみつくような声である。
「知ったこと。人に仇なす妖魔を封じにきた」
 凜が水上の妖魔に答える。
「……あっはははははは!」
 女は濡れた唇を歪ませて笑った。
「わらわを焔蛇と知っての物言いか? お前のような小娘がわらわを封ずるなど、笑止千万!」
「……だったら、試してみる?」
 凜は袖から呪符を抜き取ると、女に向けて打ちはなった。刃物のように鋭い呪符は女の頬をかすめて後方にある木の幹に刺さった。
「小娘……ッ!」
 女は怒りに満ちた形相で凜を睨む。髪や着物がざわざわと波打つ。
 ぼうっ、と着物に火がついたかと思うと、それは瞬く間に女の体を包み込んだ。
 池全体が燃えている。炎の奥に女の姿はなく、かわりに巨大な蟒蛇が頭をもたげていた。
 火焔を纏った蟒蛇、焔蛇の真の姿である。
「焼き尽くし、喰ろうてくれる……!」
「……」
 凜は腰から一振りの短剣を抜いた。小振りで柄に装飾のほどこされた古びた短剣。
 その銘は〈斉眼七織〉。魔を穿つ霊剣である。
 凜は焔蛇に向けて霊剣をかまえる。
 焔蛇は二度咆吼すると、炎に包まれた巨大な頭を凜に向けて突進させた。
「――ッ」
 凜は真横に跳んで焔蛇の頭をかわす。
 焔蛇を纏う火の粉が石つぶてのように降りかかる。髪留めの紐が焼き切れて黒髪がはらりと解けたが、気にもせずに体勢をととのえると、狙いを焔蛇の眉間に定めて駆け出した。
「シャアアアアア!!」
 焔蛇の口から勢いよく火焔が吹き出された。大河の激流のような火焔である。 
しかし凜は恐れない。
 体に仕込んでいた護符が力を解放し、凜の体表面に霊壁を形成する。焔蛇の炎は霊壁に阻まれて、凜の体を焼くことはできない。
 凜は炎の激流のなかを走り抜け、焔蛇の前で高く跳躍した。空中で火の粉を散らしながら霊剣をかまえる。体の芯から冴えきった霊気が溢れてくるの感じる。
 霊剣が仄白く輝く。
 凜は焔蛇の頭に乗ると、その脳天に刃を突き立てた。
「グオオオオオオ!!」
 焔蛇は大気を震わすような絶叫のあと、力なく淵の底に沈み二度と浮かび上がらなかった。
 あたりに立ちこめていた炎と瘴気がひいてゆく。
 凜は霊剣を収めると張り詰めていた緊張を解いた。
 
 林を抜けて流れてくる風に黒髪がそよぐ。
「髪、ちょっと焦げちゃったな……美容室いったばかりなのに……」
 ため息混じりに凜は毛先に付いた煤を払い落とした。
 
 
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