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クリエイター名 |
ろうでい |
小説:PAINTED BLACK(戦闘シーン・ホラー)
「ぐあ… あ… ひ…」
異形の怪物は、情けない声を上げながら平原に倒れる。 人間の身の丈を超える巨体は、倒れたたけでズドンと大きな音を立て、土埃が舞う。
その土埃の向こう側。 満月を後ろにし、黒のコートの男は怪物に近付いてくる。 深夜なのに黒いサングラスと黒いコートを身にまとった男の左手には拳銃。右手には大きな刀を携えていた。
怪物の足元まで男は来ると、拳銃を相手に構える。 その表情は、人形のようであった。 怒りもない。悲しみもない。喜びもない。 ただただ、相手を見る、という事にだけその顔は存在し、一切の感情はそこから読み取れなかった。
「た、助け… 助けて…。」
怪物の甲高い声を聞くと、男は眉を少し動かした。
「… 自分が助かるとでも思っているのか?」
「死にたく… 死にたくねえよォ…。」
「…。」
ギリ。 微かに歯軋りの音がした。 男は、それを自分が出した音だと気付くと、気持ちを落ち着かせるように目を閉じる。 そして再び目を見開くと、膝をついて、拳銃を怪物の顔面に押し当てる。 冷たい鉄の感触が怪物に伝わる。 もはや傷で動けない怪物には抵抗する術はなく、ただ口が動くだけだった。
「た、助けてくれよ… なんでも、なんでもするからよォ…。」
…この期に及んで、死の実感を得ていない証拠だ。 死を認知できない。だから、死を覚悟できない。 まだ自分は助かると思っているからこそ、助けを請う。
「… お前はそうお前に助けを請うた人間を、何人殺してきたんだ?」
「…!」
「醜く、血だらけになりながら必死で助けてくれと願う人間を、何人殺した? …お前の姿は、その時の人間と同じだ。 …分からないか? お前が俺の立場だったら、その人間をどうすると思う?」
男は持っている刀を、怪物の首筋に当てる。 包囲網、とでも言おうか。少しでも動こうものなら銃弾が頭を貫通し、首を刈り取られる。 どんどん自分の動きが制限されていく。少しも抵抗できない程に。
「い、やだ…。殺さないで… 殺さないでェ…!」
「…。」
男は再び目を閉じて考える。 同情をしているわけではない。するわけもない。 男を支配する感情は、怒り。 自分を理性でコントロールできなくなるほどの、この怒りという感情をどう鎮めるかだった。 …感情に支配されては、俺の負けだ。 今まで、ずっと、自分にそう言い聞かせているからだった。
「… いいだろう。」
「… え?」
「殺さないでおいてやる。 …そこまで言うのならな。」
「ほ… 本当か…!」
「…ああ。」
怪物は、今までとは打って変わって笑顔を見せる。 憎たらしい、満面の笑みを。 …相手の心は男にも伝わった。 『俺の体力が戻れば…次こそコイツを殺してやる。生かしておいた事を後悔させてやる!』 …そんな心の声が、なんとなく男には分かっていたのだった。
「… 殺さないで、やるよ。」
その言葉と同時に。 夜の闇の中に、一つの銃声が響いた。
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