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クリエイター名 |
ろうでい |
小説:天鳥村殺人事件(会話シーン・ギャグ)
「次はー… 天鳥ー。天鳥ー。」
バスの運転手の気の抜けたアナウンスが車内に響くと、有馬はブザーを押す。 停留所へ辿り着いたバスはゆっくりと止まった。 有馬はすっかり根の生えてしまった椅子から重い腰を何とか持ち上げて出口ドアまで歩き、運転手に小銭を渡す。
「お世話様です。」
会釈をすると、運転手も少し驚いたように会釈をする。
外に出ると、日差しがとても眩しく思えた。 山間の場所なので都会よりは涼しい風が吹いていたが、まだ夏は終わったばかり。残暑はまだ厳しく、蝉の声もあちこちから聞こえた。 麦わら帽子でも持ってくれば良かったか… と少し後悔しながらも、目的の場所に辿り着いた有馬の顔は楽しそうだった。
「…ん?」
そういえば…連れの姿が見えない。 一緒にバスに乗って、先に出てきたのだが…遅い。何をやっているのかと思い後ろを振り返ると
「… せ、せんせー…。た、助けてぇぇ…。」
「…何をやっているんですか君は。」
パンパンに中身の詰まったリュックサックを背負い、両手にはボストンバックを二つ。 バスの出口から出られるはずもないその状態で案の定、リュックサックが支えて先に進めなくなって楓は進めないでいた。
「…ほら、運転手さんに迷惑でしょう。早く行きましょう。」
「言う前に早く助けろおおおおお!!」
キレ気味、というか本気で怒っている楓を見て、やれやれと有馬は楓に近付きリュックサックを無理矢理引っ張り出した。 有馬と楓、二人で外から運転手に深くお辞儀をして、走り去るバスを見送る。 バスが通り過ぎた後で、楓は有馬を睨みつけた。
「…少しくらい荷物持ってくれてもいいんじゃないですか。」
「いえ、今回君は、私の『お手伝い』さんですから。荷物持ちくらいしてもらわないと…ね。」
そう言う有馬は手ぶらで、腕組みをしながら楓に微笑みかける。 一方の楓は暑さと荷物の重みでダラダラと汗をかきながら有馬を相変わらず睨んでいた。
「…ボク、仮にも女の子なんですけど…。」
「そうですか?『ボク』って言ってる時点でそんな気がしないんですけど。」
「…クセなんです、気にしないでください。」
「そうですか。」
有馬に荷物持ちを手伝う気はない様子だ。
「さて、ここから坂道をずっと下った所が目的地です。行きましょう。」
「あ… 歩くんですか…。」
「当然です、此処じゃあ宿も何もないでしょう?下ったところに民家が集まった場所があります。宿も予約してありますし、歩くしかありませんよ。」
「ううう…。」
早くも休みたい気分だったが、それを押し殺して楓は坂道を下っていく。 背中のリュックの重みで坂道を転がり落ちそうになるが、足で踏ん張る。それによって普通に歩くよりも疲労感は遥かに多く、少し歩いただけで息切れがしてきた。 …まだ目的地にはつかない。民家どころか、人の姿さえ見えない。 当然だ。アスファルトの道の先には下り坂しか見えず、周りには林しかない。人がいるべき場所ではないのだ。
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