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クリエイター名 |
朝臣あむ |
【蒼の記憶】
「蒼の記憶」
咲き誇る梅の花。 赤く美しい花の下で、焚き火が行われていた。 パチパチと火花を散らす炎を老人が見つめている。 手には古びた封筒と、アルバムが握られている。 老人は、それらを火の中に落とした。 燃え盛る炎の中で、焼けたアルバムから写真が零れ落ちる。 色あせた写真には、美しい女性が着物姿で微笑んでいた。 「ばあさんや……なぜ、わしだけを残して逝ってしまったんだ」 老人の目から涙が落ちた。 「お父さんこんなところにいたんですか。おや? 何を燃やしてるんです」 やってきたのは老人の息子だ。 彼は焚き火の中を覗き込むと、「ああ」と小さく声を上げた。 「お母さんの写真ですか。何も写真まで燃やすことは無いでしょう」 息子は労わるように老人の肩を抱いた。その手を老人の手が払う。 「わしがいかんのだ。わしがばあさんを殺したんだ。わしも共に逝ければ、どんなに良かったか」 老人は自らの手で顔を覆い隠した。 その手には真新しい火傷の痕が、腕に渡って伸びている。 「お父さん。あの火事は事故です。お父さんは何も悪くありません」 息子は、老人を労わるようにそっと抱き締めた。
数日後、梅の花が散った。 老人は花の散った梅の木を見ている。 その姿を、青い瞳が見つめていた。 「あなたは、本当にこれで良かったの?」 青い瞳が悲しそうに細められる。 零された呟きは、老人の耳に届かない。 代わりに新たな声が響いてくる。 「おじいちゃん。お部屋にいないと思ったらこんなところにいて。ほら、寒いですし戻りましょう」 小走りに駆け寄る女性は、老人の肩をそっと抱いた。 その手に老人が振り返る。 虚ろで何も映していないかのような、悲しい瞳が女性を捕らえた。 「おじいちゃん?」 異変を感じとった女性が窺うように声をかける。 「はて、どちら様でしょうか?」 そこまで見て、青い瞳はその目を閉じた。 聞こえてくるのは女性の混乱した声だ。
記憶は生きてきた分だけ人の中に蓄積されていく。 それは自分の宝であり、時には他人にとっても宝にもなる。 ただし記憶は嬉しいものばかりではなく、時には苦しいものもある。 記憶を消したいと願うときもある。 そして、そう願ったときに一人の少女が現れる。 青い瞳の無垢なる少女。 彼女は青い水晶を手に、こう囁く。 「――本当に忘れたいの?」 彼女の問いかけに頷けば、望んだ記憶が消えていく。 けれどそれは生きてきた記録を消すと言うこと。 それでも人は望んでしまう。彼女に記憶を消して貰うことを……。
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