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クリエイター名  想夢公司
徒然なる日常

とある学生たちの徒然なる日常

「やっぱり陰謀といえば柳生だと思うんだ」
 幼馴染の他愛ない言葉に私は凍りついた。
 なぜなら、それは進路について相談していたからに他ならない。
「2年時からの選択科目に響いてくるだろ? 何故今、そして唐突に、陰謀と柳生なんて言葉が出てきた」
 夕日が差し込む図書室で放課後、進路希望アンケートとあるプリントの、『就職・進学』とある欄の進学を丸をしながら幼馴染は唐突に切り出したのだった。
 図書室なんてのは大体来る人間が決まっていため、帰り支度をした図書室での馴染みの生徒が御先にーなどと声をかけて出ていくのだが、我々の様子も御馴染のことなのでどこか笑いながら通り過ぎた気もしてくる。
 額に手を当てて、幼馴染の言葉で襲いくる眩暈を必死で振り払う私に、にまっと笑った幼馴染は、すちゃっと広げた自身の手を指折り説明を始める。
「まず第一に、俺たちの卒業文集の将来の夢は、学者だった」
「まぁ、私はそうだけれど、お前は小学校ではJリーガーとか言ってなかったか? ‥‥メジャーだっけか、まぁいいや」
「NBAだよ。まぁ、次に、お互いに海外のドラマとか時代劇とか好きだったろ? あれって、陰謀が好きだったってことだよな?」
「海外のドラマイコールで陰謀はまだ許そう、なぜそこで時代劇から一足飛びに陰謀になる?」
「時代劇といえば柳生の陰謀じゃないか」
 我ながら大人げないと思いながら、私には聞き逃せなかった言葉が幼馴染の口から飛び出す。
「それについては同意しかねる、時代劇といえば鬼平だろう! もしくは剣客か、千歩ぐらい譲って、越前とか」
「水戸の御老公よりは越前だな」
「だろ?」
「勿論加藤さんだよな?」
「後鬼平は吉ちゃんな、戸籍父親の御祖父様の方じゃなく」
 あっちも良いけどと言いながらついにへら、と笑い合う私と幼馴染。
「それでだ、そうなると進むべき道は文化風俗の研究だと思うんだよな、史学の」
「‥‥お前、この間はジョーンズ先生目指すから考古学のある場所に行かないととかほざいてやがらなかったか? で、言ったよな? 史学は史学でも、どの分野をやりたいかで志望が変わるって言ったよな?」
「あ、いや、うん、それで史学調べているうちに風俗とか調べるのも面白いとか思ったわけじゃないぞ? 一応」
「あとは、お互いの学力の問題もあるだろうに」
「じゃ、じゃああれだ、いっそ留学しようぜ、留学‥‥」
 言葉を続けようとした幼馴染の顔面が、図書室の机にめり込む勢いで密着しているが、いつものことなので、周囲の人間は誰も注意を払わない。
「いやさー、夏休みに行ったじゃん、寄席にさ」
「観光もついでにしてくるかって言って安いビジネスホテルに泊まったら、すれ違った地元の中高生ぐらいの女子にきゃーきゃー騒がれたあの時か?」
「受けだ攻めだと盛り上がっていたが、何だあれは」
「知らん方がいいし知りたくもない」
 話が脱線しかかるのもいつものことであるものの、生まれてからの付き合いであるにも拘らず未だに掴み切れない話の展開を進める幼馴染に肩を竦めて見せれば、一応相手にとってもその話題は重要ではないようで。
「ま、女子はどうでもいいんだ。それで、寄席に行ったときに落語だけじゃなくていろんな伝統芸能見たじゃん」
「私はむしろそっちの方に興味があったので行ったんだが」
「あれで思ったわけよ、今頃の若者だったら、やっぱり江戸は押さえておかないと、検定だってあるだろ?」
「まぁだいぶ譲って伝統芸能から江戸に飛ぶのまでは許そう、帰りに博物館寄ったしな」
「だろ? だから、そこで江戸を抑えるには時代劇、時代劇を抑えるには文化風俗だろう」
「いや、時代劇に寄り道しなくていいから。普通伝統芸能で落語の話に出てきた江戸の文化や風俗について興味があって、そのまま文化風俗のために史学科にって言うのでいいじゃんか」
 私が言えば、ちっちっちと指をわざとらしく振りながら幼馴染みは言った。
「何事も意外な方から攻めるべきだろ?」

 夕日が差し込む図書室で放課後、進路希望アンケートとあるプリントを手に、黙々とアンケートに答える私の姿と、必死に構ってよぅと言うも放って置かれていじけたらしき幼馴染みの姿がある。
 将来についての展望だの目標だのと用意された設問を、私はいつも通り無難としか言いようのない言葉を連ねて適当に埋めていくと、文系理系のどちらかに丸を付けろととばかりの設問に小さく溜息をつく。
 入学当初から文系理系と分けて居るのにこの無意味な質問を書くのは、途中から転換する希望があるかどうかでも聞いて居るのだろうか、全く持って意味不明であり。
「あーあ、いっそ理系に移っちまおうかなー」
 これ見よがしに言う幼馴染みだが、今のところ特にその様な前例があるとは聞いたことがないため、取り敢えず無視する。
「理系に移ったら日々寂しーよなー、いや、誰がって言うわけじゃないけどさぁー? 俺は寂しかないからさぁ」
 ちらちらと向けられる視線には気が付いているが、黙々と進学クラス用のテキストと、模試で貰ったプリントを見比べて設問に書く内容を悩み始めれば、相手が何を言っていてもあまり耳に入ってこず。
「構って〜構ってくれよぉ〜」
 気が付けば、思いつく限りの駄々を捏ねた後、全く聞いて居ないことに気が付いたか、うじゅっとばかりにシャーペンを持つ手をがっしり掴んで見上げてくる幼馴染み。
 むしろ普通に隣の席について声を掛ければ良いのに、下から見上げるためだけに、わざわざ床に膝をついてと言うのがまた何とも、などと思いつつ深く深く溜息をつく私。

「‥‥まぁ、いいか、一応、進路希望は文系大学の史学か、志望校はまだで誤魔化すか」
「‥‥ほら、俺たちまだ1年だし」
 同じ調子で2年後も同じようなことを言い続けているに違いない二人は、とにもかくにも溜息をつくと、進学希望に丸をつけてあるプリントの志望校欄に、未定とでかでかと書きつけるのでした。
 
 
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