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クリエイター名  藤城とーま
オリジナルより抜粋

 K県、立浜市のとある繁華街。
 昼は街が惰眠を貪り、人はせわしなく活動する。
 そして夜こそこの街は目覚めて活動し、人は癒しを求め解放される。
 色とりどりのネオンや煌びやかに飾り立てた女性たち。
 久々に会った友人との明るい笑い声。
 莫迦騒ぎしながら人を押し退けてゆく若者。
 川べりに数件並んだ小さな小さな屋台の群。
 ひとつひとつの屋台に常連たちが集い、おでんをつまみながら会話とひと時の暖かさを分け合っている。
 風俗店に入るだの入らないだの、店の者と値段交渉を先にしている酔いつぶれたスーツ姿の男たち。
 街は様々なものが集う場所。そして……
 同時にその甘い誘惑の臭いにつられ、害も招く。

 小さい音が路地裏から聞こえる。
 路地裏といえど、はっきり言えばビルの隙間だ。人通りも皆無。
 入り口ともいえない隙間には風に剥がされた広告紙や、飲み食いした後に放置されたファーストフード店の紙くずやカップ、
 など折り重なり、時間経過により悪臭を放つ。何故か割れたガラス片も捨てられている。
 その汚らしい隙間の奥まった場所にてぴちゃぴちゃという水音と、混じるように聞こえる荒い息遣い。
 スーツ姿の男が、壁に寄りかかって自分の下半身を眺めていた。
 だが、その男が荒い息遣いを発しているわけではない。
 男は目を見開いたまま瞬き一つせず、その唇端からは薄赤の液体が糸を引いて流れていた。
 がりごりと音を立てられると、男はかすかに動く。
 彼の意志で動くわけではなく、彼の身体を咀嚼し噛み砕かれた衝撃で動かされているだけだ。
 ぼきり。ごきん。男がまだ生きているのならば、自身の身体を砕かれた痛みと恐怖を味わう事が出来たであろう。
 つまり彼は絶命している。仮に生きていたとしても悲鳴をあげる事は叶わない。
 なぜなら、男の喉には直径3センチほどの丸い風穴が開けられており、
 生きていたとすれば気が狂いそうな激痛に耐えながら死ぬしかなかったわけだ。
 もそりとした何かが男の指を咀嚼している。時折聞こえる荒い息遣いは、これが発する。
 長い鼻に鋭い牙。ぎょろぎょろと獰猛そうな眼。ぴんと立つ三角形の耳に、四つ足に太い尻尾。それは犬の形をしていた。が、犬とは違う。
 犬に近い姿のこれは体毛がないのだ。つるつるとした外見で、黒っぽいような紫のような―― そんな色合い。
 流れ出る血をすすり、肉を味わい、歓喜に身震いするかのように顔を上に仰け反らせる。
 べろりと口の周りの血を同色の舌で舐め取り、再び男に食らいつく。

「いぶせし(汚い)食べ方を……」
 後方から聞こえる冷ややかな女の声に、ぴくりと耳を動かし……言葉が理解できたわけではないだろうが、犬のようなものは振り返った。
 年のころは十代後半から二十代前半だろう。赤褐色のセミロングの髪。
 黒のチューブトップの上に、白のロングブラウスをジャケットがわりに羽織っている。青褐(あおかち)色の金属籠手が、袖の隙間から見えた。
 黒のミニスカートからすらりと伸びた足は、同色のニーソックスで覆われて……籠手と同色の脛当てまでしているという滑稽ないでたち。
 その格好よりも目を引くのが、腰に差した刀だ。犬は首だけではなく身体もそちらへ向き直る。
 男よりも女のほうが美味そうな匂いがするのだろう。ひたりと一歩踏み出す。
 女は恐怖も感じず、興味を持ったのか片眉を上げて自分へ向かってくるものを見つめていた。

 街のいたる処で流れる音楽も、車の音も人々の声もどこか遠く聞こえる。
 代わりに間近にあるのは心地良さにも似た肌を刺す緊張感。
「寄らば斬るぞ? 寄らずとも斬るが……」
 そう言っても、女は微動だにせず。犬はその間も、生臭い息を吐きながら女に近づいてくる。

 ガアァァ!!

 低く唸り声を上げた犬は、弾丸のような素早さで女の喉に狙いを定め跳躍した。並大抵の人間には逃れられまい。
 女は目元に嫌悪の色を見せると、鯉口を切った。
 しゃらん、と涼しげな音と共に女と犬の影が交差する。
「――生臭いのぉ。畜生の匂いと言うのは、感染りそうじゃ」
 ヒュッと脂落としをし、鞘に収めた所で……犬は全身から血を噴き出しつつ倒れた。
 ちらと横目で犬だったものの死骸を見つめる女は、最近増えたな、と呟いた。
 
 
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