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クリエイター名  藤丘 正午
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 「学園からの召喚状」(小説冒頭)
 
 音がする。ユミナリヅキが優しい音を奏でる夜だった。
 乳白色の月光は、地球の大気にぶつかると、さらに淡く崩れながらゆっくりと地上に降りそそいだ。
 月の奏でるメロディは、まどろみの中にいる生物たちを夢の世界へと誘う。

 そんな中、ひとりの少女が窓辺に座りこみ、しきりに空を見上げている。
 長い髪が部屋にともされたランプと同じ金色に光る。大きな瞳は夜空の藍を映したかのようで、
 いくつもの星が輝いた。彼女の名前はレミィという。
「早く明日にならないかしら。ワクワクしちゃって眠れないんだもの!きっと素晴らしい日になるわ。」
 まだ幼い声を弾ませながら、レミィはにこにこと笑う。そうかと思えば、ため息をついて言う。
「あぁ、どうしよう。こんなんじゃ眠れないわ。パパとママにはゆっくり眠るって約束したのに…でも、」
 ぱっと両手を広げると、満面の笑みで空に浮かぶ月を見つめる。
 虫たちは心地よい鈴の音で鳴き、そよぐ風は瑞々しい緑の匂いがした。
「ありがとう神様。私にできること、これから一生懸命がんばります。だからどうか、パパとママ、大好きな友達のマリーとベルダ、果物屋さんのレベッカ、それから…みんなみんな!大切な人たちが幸せな世界でありますように…。」
 レミィは最期に感謝します、と付け加えると、ベッドにもぐりこんだ。

 朝、レミィは母に起こされると、眠い目を擦りながらもうすこし眠りたいと言った。
「あら、もうお迎えが来ますよ、レミィ?昨日まであんなに楽しみにしていたのに。この子ったら。」
 寝ぼけているレミィの髪を撫でながら、母は優しく笑う。
 心地よさにまた眠ってしまいそうだったレミィはその言葉でハッと目が覚めた。
「たいへん!早く支度しなきゃ!」
 ベッドの上で服を脱ぎだす。慌しく身支度を開始した娘に母はまた微笑む。

「あなたがいなくなってしまうと、寂しいわ、レミィ。」
「大丈夫よママ!パパも!お休みになったら帰って来るわ。それまで頑張るから、ママもパパも元気でいてね。」
 馬車の待つ庭先で、レミィは両親としっかり抱き合った。これから親元を離れ、全寮制の学校に入るのだ。
「愛してるわレミィ、どうか元気で。いってらっしゃい。」
 そう言って手を離す両親は、寂しさを隠すように笑っていた。
 レミィはもう一度両親に駆け寄ると抱きついて2人の頬にキスをした。
「いってきます、パパ、ママ!」

 馬車はガラガラと音を立てながら、生家を離れてゆく。
 レミィは両親の姿が小さくなって消えるまで、ずっと後ろを見ていた。

「気は済んだか、レミィ・オーウェン。」

 ようやくレミィが前を向いたとき、隣に座る少年が言った。
「これから先は、甘えが通用しない。子どもであること、それはもう通用しない世界だ。
自分の価値を決めるのは自分自身。覚えておくことだな。」
 突然の言葉に、レミィは困惑した。
 彼はたしかレミィの2級上にあたる先輩で、入学するレミィのサポートをしてくれるはずのキオという少年だ。
 褐色の肌に金色の瞳。くせのない黒髪を後ろでひとつにまとめている。
 細身の体にフルオーダーの制服はよくあっている。
 見た目はとても美しい少年だが、ただ、自分とそう齢の違わないキオに
 そう冷たく言われると、親しみにくさは拭えない。
「…どうしてそんな言い方、するんですか?」
「教えてあげているだけさ。後でピーピー泣かれると、俺が面倒だ。俺は君の保護者ではないからね。」
「だからって、そんな冷たく言わなくてもいいじゃないですか。」
「優しくしてほしい?君は俺に何を期待しているんだい、レミィ・オーウェン。君はこの学園に何しに来たの?」
 キオは頬杖をつき首をかしげながら言う。口元は笑っているが、目は静かにレミィを見ていた。
「何って…私のちから、能力を高めるため…世界の役に立つために、勉強しようって、思ったから。」
「そう、じゃあ、それには俺の優しさが必要なのかい?」
「や…優しさとか、そんな大袈裟なものじゃなくて!ただ、思いやりはたいせつだって、いつも…」
「ママが?」
 キオは明らかにレミィを見下したような態度でため息混じりに笑った。
「ママ、パパ…甘えん坊なんだね、君って。でもさ、これからもそんなにフワフワしてたら、君さ、…死ぬよ?」
 一瞬キオの金色の瞳に鋭い光が映る。レミィは言葉に詰まったまま、キオを見つめていた。
「言っただろ?ここから先は子どもであること、甘えが通用する世界じゃない。
生き残って初めて自分という存在を示せるのさ。世界のために、そういうのはその先にあるんだ。
他人の優しさを求めているようじゃ、失格だよ。」
「そこまで、言わなくても、」
「君が何もわかってないようだから、教えてあげただけさ。」
「先輩だって、最初からそんな風には…思えなかったはずです。」
「さぁ、どうだったかな。」

 馬車は林を抜けると、次の町へと入る。御者はたくみに馬を操り、一定の速度で道をすすむ。
 ようやく開けた空の明るさにレミィはホッと一息つくと黙って視線を落とした。
 出発するまでのワクワクした気分はどこかに置き忘れてきた。
 やさしい両親におだやかな家、友人たちが恋しい。
 突き放すようなキオの言葉に、早くもホームシックになりかけている自分が切なくも無力だと思わされる。

「レミィ・オーウェン。」

 ふいに名前を呼ばれる。
 今度は何を言われるのだろう、レミィは自然と体がすくんだ。

「君はヒーラー、つまり、プロとして他の能力者を癒すことを望んだ。
ヒーラーはどんな状況にあっても、他者に与える存在でなくてはならない。
どんなに自分が傷つき、餓えていても、悲しみに打ちひしがれていても、
いかなる場合でも仲間の傷を癒し、さらには強力な力さえも授ける。」

 頬杖をついたまま、窓の外を見ながらキオはゆっくりと話す。

「優しいだけではないこの世界で、君はまず自分を守り、生き残っていかなければならないんだ。」

 レミィは涙で潤みかけた目を擦ると、先程と少し違う雰囲気に気づき、窓の外を見つめる少年を見た。

「強くなるんだ。レミィ・オーウェン。君はそのために、これから学園で学んでいくんだ。」

 キオは振り返らずに言う。

「キオ先輩、」
 呼びかけたが、キオは窓の外を見つめたままだ。
「キオ先輩、あの、ありがとうございます。私、…これから強くなりたいです。」

 ガラガラと音を立てて馬車はすすむ。
 車内にはしばらく沈黙が続き、少年と少女はそれぞれ窓の外を眺めている。
 少女の手元には1通の召喚状。大切そうにその手紙を持つ少女は座席に浅く腰掛け、
 ようやく床に着くつま先を必死にそろえている。
 窓から差し込む午後の陽光が、少女のまだ細い金髪を光で溶かす。
 あどけなさの残る少女の姿を見て、少年は遠い昔のように忘れ去っていた
 過去の記憶を思い出しかけ、また視線を窓の外にもどした。
 見上げる青空に浮かんだ絹雲は、西から東へゆったりと流れた。



・・・・・・・ひとこと・・・・・・・・・・・・
自然のエネルギーを吸収し、それを自分の心と連動させて放つ。
『万能の癒し』という不思議な能力を持つ少女レミィ。
能力者の養成を行う魔術式学園から召喚されることになった少女のお話という設定です。
学園から命を受けて、レミィを迎えに来たキオという少年との会話部分でした。。(´ω`*)
 
 
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