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クリエイター名 |
浅野 悠希 |
独白 サンプル
家のためと口答えもせず騎士となり、そして王子の側近にも選ばれた。 若さ故、家柄のおかげだとやっかみを受けても、何一つ間違ったことをせず真面目に過ごしてきた自分が、唯一家に逆らったこと。 それは自分で生涯を共にする女性を決め、国を捨てることだった。 (細い月……か、そんな形をした月もあるのだな) 月といえば、10年に1度現れる大きく神々しい満月だけだと認識していた彼にとって、それは異世界へ来てしまったという実感するに相応しい夜空。 ベランダから眺めるそれは、故郷よりも星が少なく感じられるし、コンクリートだらけの建物も、バイクや自動車など便利な乗り物も、何一つなかった。 きっと、彼女が自分の世界に来たときも見慣れぬ物ばかりで戸惑っていたに違いないと、今更ながらに彼女の気丈さに感服する。 (それなのに俺は、怪しいヤツだと引っ捕らえようとして……) 出来れば消し去りたい出逢いの思い出。けれども、それがあったからこそ幸せを掴むことが出来た。 (夜空を裂く剣のような、細く輝き続けるあの月は、満ちては欠け、この地を見守るように照らし続けるのだな) 自分も、彼女にとってそうありたい。夜空だけではなく、昼間も淡く白く空にある月。 ときに周りを牽制するように隣へ立ち、ときに遠くから見守るように優しく見守り……彼女を愛し続けたい。 ――本当に愛しいと思うのなら、相手の幸せを願うべきだ。 何かの本で読んだ一文。普段の真面目な性格と相まって、彼女が元の世界へ戻りたいと告げるなら、それに全力を尽くすのが当たり前だと思っていたし、親の期待に応えることも、王子への忠誠を守り抜くことも当然だと思っていた。 だから、気づけなかった。彼女からのさりげないアプローチを断り傷つけていたことも、自分が本当は望んでいることも。最後まで不甲斐ない自分を見捨てることなく受け入れてくれたことは、今でも夢なんじゃないかとさえ思う。 (この世界の月のように見守ると告げれば、監視や拘束だと思われてしまうだろうか) ただおまえを、愛したいだけだ。そう付け加えれば、彼女はどんな顔をするだろう。 リビングから、夕飯が出来たことを告げる声がする。 忘れないうちに今の想いを告げようと、彼はベランダを後にした。
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