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クリエイター名 |
音無奏 |
夏イベシナ・オープニング部分
日差しが街を満たす。 漆喰塗りの建物は光を受けて一層白く映り、遠く見える海は眩しいくらいに輝いている。 幾ら海に囲まれたリゼリオとは言え、好きな時に海にダイブ―――などともいかず、街を襲う猛暑に、大抵の人は建物に閉じこもりだらけていた。
●微熱 外がどれだけ過酷だろうが、外に出ざるを得ない時は存在する。 日除けに白い服を羽織り、帽子を被って――それでも尚降り注がれる熱は遠慮なく人の体力を奪い、水分を消していく。 最初は耐えられるだろうが、徐々に湧き上がる喉の渇き。体にまとわりつく熱を日差しのせいだと思い込み、それを我慢すると思考が朦朧とし始める。微妙な耳鳴りでようやく自覚症状を得られるかどうかというところで―――結果、炎天下でぶっ倒れる人間がまた一人増える事になった。
「困りましたねぇ」 そう呟くのはハンターズソサエティが用意した医務室の勤務医だ。 元々正式な医療機関ではないので、そう大規模なベッドや設備が用意されている訳ではない、軽い症状なら受け入れる事こそ出来るが、熱中症を量産されると数の面でお手上げだった。 足下には大量の水を詰め込んだ桶、しかし水だけあってもベッドが足りず――ー結果、ハンター達に一つ提案がされる事になった。
「ギルド街から少し離れた所に、もう使われてない病院跡地があります」 住宅街から離れているため、少し前にもっといい場所へ移転した名残との事だ。 掃除されてないため軽く埃が積もってはいるが、別段荒れても肝試しスポットにもなってない、それなりに明るい立地にあり、清潔な印象を保ったままだからだろう。 「その内何かに使おうと思ってたので、今はハンターズソサエティの管轄ですね。そこに臨時でハンター用の休憩所を用意しようと思うので、まだ元気な人は手伝ってくれますか?」
●病院跡地 ギルド街から郊外に向けて歩き、緑に挟まれた散歩道を抜ければ件の病院にたどり着く。 庭にはかつては綺麗に整備されていただろう生け垣があり、中央に今は止まってる噴水がある。 喧騒を避けるためだろう、確かに立地は悪い、しかし白い外壁にアースカラーの庭は人を安らがせる工夫がされており、実際に行ってみると此処には病院じゃなくて療養所を建てるべきだったと思うかも知れない。
建物の内部は特に変哲のない小さな病院だ、50人くらいは寝かせられそうだが、ハンター達が利用する分にはそこまでする必要はないだろう。 寝台はそのまま残されている、雑巾を持って埃を拭き、倉庫からマットを持ちだして、最後に医務室から支給されたシーツを被せ、カーテンで仕切りを作ればそれなりになるはずだ。
「寝るだけならまぁ、掃除だけでいいでしょう」 そう言いながらも消毒用アルコールを手にするのは勤務医の性か、大きな脚立を持ち出してくると、天井に数枚の羽根を持った大きな魔導装置を取り付けた。 「空気を循環させる魔導装置です、病室は余り日差しが入らないのでさして暑くありませんが、これでもっと良くなると思います」 とは言え、数がある訳ではないので大きな病室に男女別で一つずつ用意するのがせいぜいだ。 別棟に行けばベッドも個室もあるが、涼むためには窓を開ける必要があるだろう。
「裏には井戸も川もあるので、必要に応じて水を汲み、タオルを濡らして体を冷やしてください」 元は洗濯をする場所だったという、広い緑の庭に幾つものの物干し台が立ち並び、日差しのせいで多少暑く感じるが地形のせいか風も強くて涼しい。時折風に揺れる木々が波のような音を立て、猛暑でさえなければ気持ちのいい裏庭だと言えるだろう。
「後まぁ……当然ですが、服は緩めてあげてくださいね」 心配しなくても患者の体とか興味ありませんよ、と勤務医は苦笑を崩さない。 風通しを良くして熱を逃がすのだという。 「同性同士でやってもらうのが一番ですが、どうしてもという事でしたら呼んでください」 勤務医は女性だが、別に男性を診るのも問題ないという、本人の言う通り、ただの処置相手だとしか見てないのだろう。
もし食べるものが欲しくなったらギルド街まで降りる事になる。 いきなり冷えたものを口にすると頭痛を起こす可能性がある、多少冷ためなくらいでちょうどいいだろう。 尤も、食べるのと寝るのどっちを取るかはハンター達によるが。一仕事して眠くなっても誰も咎めないに違いない、幸いベッドだけは多数確保されているのだ。
日差しさえ受けなければ、眩しいくらいの夏の一日。 熱にバテたハンター達を招き、病院内は休息に静まっていく……。
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