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クリエイター名 |
瀬川潮 |
降るまで
「やはりここでしたか」 エプロンドレス姿のリインカーネは、揺らぐ蝋燭の火をすいと巡らせて言った。 暗い洞窟の中、身を丸めた少年が面を上げる。金色の双眸が光を跳ねギラリと輝いた。顔にはとまどい。この矛盾が彼そのものを表していた。これも血なのねとリインカーネは瞳を曇らせる。 「デラクレア様。またお父様にお叱りを受けたのですね」 名前を呼ばれた少年は肯く。 「あなたのお父様は、次に目を覚ましたらきっと全てをお忘れです。さ。お屋敷に戻りましょう。あなたがいつものベッドでないとぐっすりお休みになれないことは、よく存じております」 「でも、まだ昼でしょう」 「ええ。まだ昼ですが、雨が降りはじめましたので大丈夫です」 そう言って持参したコウモリ傘を見せ、温かい笑みを浮かべた。 まぶしそうに少年は目を細める。彼は太陽を見たことはないが、ブリタニカで得た知識よりも彼女の方がよほど太陽っぽいと感じた。 「さ、早く」 支配されていない者の輝き。 少年は、雨が降るまでに固めた決心が解けていくのを感じた。父に「だから半人前なのだ」と、また同じ叱りを受けるだろう。 それでも、彼女の首筋に牙を立てる気にはなれなかった。
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