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クリエイター名  観世こより
三人称テキストサンプル


……夢を見ていた。

声が聞こえる。
幼子が押し殺したように泣く、悲しい声が。
暗闇の中、その声はだんだんと強くなり、少女の――燈花の心を酷く締め付けた。
(どうして……? なんで、泣いているの?)
声が強くなるにつれ、次第に真暗だった視界が開けてくる。

燈花の瞳に最初に映ったもの。
それは、煌々と光る満月だった。
「……ひっく……くらいの、こわい……」
「ううっ……あんよ、イタい……おうち帰りたいよ……」
「もう少しだから頑張ろうね? さ、涙を拭いて……」

深い、深い森。
煌々と光る月だけが、周囲を青白く照らす。

夢の中、燈花は幼い少女だった。
誰かに手を引かれ、暗い夜の森を歩いている。
燈花の手を引くそれが一体誰なのかは、夢の中の燈花がその顔を見ないため、わからない。

傍らには、燈花と同じ年くらいの少年がおり、自分と同じように瞳に涙を溜めながら歩いているのが、燈花の瞳に映った。

暗澹たる雰囲気が漂う道程を、ひたすら何かから逃げている。
幼い燈花にも、その雰囲気だけは嫌なほど伝わっていた。

その時。
背後で、木々が蠢く音が聞こえたかと思うと、それと同時に野太い男の声が響いた。
「いたぞ! 捕まえろ!!」
「しまった、見つかった……! 走るよ」
その途端、手を引いていた誰かが、燈花達の手をぐっと掴み、駆け出した。
「あっ!」
「ナツっ!?」
しかし、地面から飛び出していた木の根に足を囚われたのか、燈花の目の前で少年が転んでしまった。
「ガキが一人転んだ! 捕まえろ!」
そのすぐ後ろには男達が迫って来ている。
「くっ……!」
燈花の手を握る誰かは、何かを押し殺したように声を漏らすと、燈花を脇に抱き抱え、一気に走り出した。

……『誰か』は決断を下したのだ。

「まってぇ! おいてかないでぇっ! ヤだよっ! 怖いよぉっ!」
「ねえ、ナツころんじゃったよ! もどろ、ねえ、もどろうよぉ!」
「ダメだっ、戻ったら僕らが捕まる……! ナツ、すまないっ!」

見捨てるという決断を。

「逃がすなっ! 追えっ!!」
「やぁあっ! ナツっ!」
「このガキっ! 大人しくしろ!」
「ヤめてよぉっ! おいてかないで……おいてかないでぇっ!!」

耳をつんざくような悲鳴。
脇に抱き抱えられた燈花は、少年の姿が木々に隠れて見えなくなってもずっと、その瞳に焼き付いていた。

泣き叫ぶその顔が。
めいっぱい腕を伸ばし、助けを求めるその手が。

燈花と同じ髪の色と、瞳の色、
白銀の髪と紅い目をした少年の姿が――。
 
 
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