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クリエイター名  海桐ユキチカ
児童文学

☆☆児童文学サンプル☆☆


 トーイという女の子がいた。彼女は探し物が得意だった。目がとてもいいのだ。
 それを知っている村人たちは失せものがあると、彼女に尋ねるのが常だった。
 トーイは村の人気者だった。彼女が歩いていると、様々な人がトーイに声をかけていく。
 彼女は、村人と心を通わせていた。
 トーイは、村人一の薬師でもある。どんな植物の、どの部分が、どんな病気に効くのか。その知識で、村人を助け、医者の助けていた。
 トーイの親はいない。ある日、老婆に手を引かれて、村にやってきた。身寄りがなく、施設で育った。その施設も火事になってしまい、途方に暮れていたトーイを引きとったのは、村の近くにある山の中に住んでいた魔女だった。
 この魔女は、今のトーイのように、失せもの探しや、医者の手助け、村人の相談役をしていた。魔女はトーイに生きる居場所を与え、生きる術を教えた。トーイは、この老婆を「魔女様」と呼び、慕っていた。
 その老婆も、三年前に亡くなっている。それからのトーイは、一人で生きている。けれど、トーイはさびしい様子を見せなかった。村人は、そんなトーイが健気に見え、慈しんだ。
 トーイは一人で、老婆と住んでいた家に暮らしている。その家は不思議なことに、透明だった。家の中がどうなっているのか一目で分かってしまう。壁紙も何もない。組み立てられている木も何もない。まるで紙で作ったようにぺらぺらで、中身が透けて見える家。けれど、よくよく目を凝らせば、質感がわかる。何よりも、どんな嵐が来ても、壊れはしなかった。
 村人は不思議がり、村の子供たちはキラキラとした目で、トーイの家に憧れを抱いた。
 村人はトーイを慈しみ、トーイも村人を慈しんでいた。
 その理由が、トーイを育てた魔女が、村の英雄でもあったからだ。魔女は若い頃、村が飢饉となった。それでも、村の土地を治めていた領主が、重い税を課した。食べるものがないのに、それ以上の食糧を領主に持っていかれる。村人は飢えるばかりだった。
 そんな時、魔女が立ち上がった。
 年若い男を連れ、領主の城を囲んだ。魔女が使う幻影で領主を脅し、重い税を取り消させ、善政を要求した。その騒動を聞きつけた王が、領主を別の人間に交代させ、騒動を治めた。
 それ以降、魔女は村の英雄として親しまれた。お伽噺にもなったこの英雄譚は、村の子供たちに語り継がれた。トーイは、そんな英雄に育てられた娘だった。
「トーイ、今日のパンはよく焼けたのよ。持っておいで」
「ありがとう、ミーノさん」
 トーイの銀がかった灰色の髪が風に揺られる。初夏の風は清々しく、家の庭で干されている洗濯ものも躍らせて行く。
 青々と広がる空は、初夏特有の薄い色味を帯びていた。
 良い天気だ。
 今日は、村に降りてきた。仕事はない。勤め先の診療所からは、お休みを貰っている日だ。買い出しを済まして、家でのんびり過ごそう。止めている薬草の論文でも進めてみようか。
 鼻歌を口ずさみながら、人が賑わう市場へと足を向ける。
 新鮮な魚介。色鮮やかな果物に、山菜が、所狭しと台の上に並んでいた。
 熱気に包まれた市場では、呼びかけをする商人の声が、より一層賑わいの雰囲気を盛り上げている。この大きな通りは、月に二度開かれる市場の舞台となる。今日は、その市場の日で、トーイは市場となった大通りを歩くのが好きだった。
 お目当ての調味料と、ほんの少しの鉱石を購入して、麻袋に入れて仕舞う。
「お嬢さん」
 落ち着いた、とてもよく通る声だった。思わず振り向いてしまった。小枝と葉をざわざわと動かす風邪のような声。
 トーイの視界には、木の籠を両手に持った青年が映った。
 彼は微笑みながら、トーイを見つめている。知性と高貴を湛えている青年に、トーイはなんだか恥ずかしさを覚えた。
 麻袋を胸に抱きこんで、ちらりと上目で盗み見る。
「あ、あの」
 なんだか雰囲気に呑まれてしまっている。気恥ずかしさを堪えながら、トーイは青年に声をかけた。
「私に、何か……」
「はい」
 青年は、一歩足を進めて、トーイとの距離を縮めた。
 肩が強張る。
「あなたは、薬師のトーイ様ですね?」
「そ、そうです」
 様付けをされるのは何年ぶりだろう。トーイの頬が真っ赤になっている。熱を持っているのが一目でわかる。
 青年は微笑ましそうに、トーイを見つめている。
 ああ、きっと年下に見られているんだわ。唇を噛みしめて、顔を俯けた。
「あなたの力を借りたいのです」
「……それは、どういうことですか?」
 声が低くなってしまったのはしょうがない。真っ直ぐに青年を見ることを出来なかったのもしょうがない。
「紹介が遅れました」
 青年は籠を脇に抱えて、トーイに向けて最敬礼を拝した。
「えっ」
 そんな高貴な身分ではない。トーイは慌てたが、人の目がある。ここでうろたえれば、青年の顔に泥を塗ることになってしまう。そう考えたトーイは、胸を張った。
 最敬礼をしたまま青年が名乗る。
「私は、王立魔導師学園の人事・広報を務めておりますシャルロット・アンペールと申します」
 気高く凛々しい名乗りの口上に、周囲から拍手が起こる。
 青年は礼儀正しく、村人にも頭を下げている。王都から来た都会の人間は、地方の人間を毛嫌いする者が多く評判が悪いと聞いたが、この青年はそうではないようだ。
 トーイは緊張した面持ちで口を開く。
「では、アンペール様」
「シャルとお呼びください」
「とんでもありません! あっ…立ち話では疲れてしまいますね、良ければ我が家にご招待します」
「よろしいので?」
「はい。その方が、お話もしやすいのでは?」
「ありがとうございます」
 再び頭を下げる青年に、トーイは今度こそ耐えきれなくなり、青年の肩に手を置いた。
「顔を上げてください。私は一介の薬師。そんなに頭を下げられると、困ります」
「いいえ。あなたには、その価値があるのです」
 青年は跪き、籠を横にそっと置く。肩に置かれたトーイのほっそりとした手首を両手で恭しく包んで、蒼い血管が浮き出ている手の甲に口づけを落とした。
 トーイは、トマトをぶつけられたかと思うほど真っ赤っかになってしまっている。
 目を丸くしているトーイを見上げる青年は、言葉を続けた。
「あなたは、この国を建て直すための女神になって頂きたい」
 風が強く吹いた。
 
 
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