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クリエイター名 |
麻鞍祐 |
アイノコトバ
例えば、言葉で人の心を簡単に左右できるものだとしたら、人殺しなんて簡単に出来ると思う。 「嫌い」の一言でも深く心をえぐられる人って、きっと少なくないと思うから。 じゃあ、逆だったら? 言葉で人を救えるのだとしたら、そんな素敵なことはないよね? そんな話を聞いたら、君は、笑いますか?
すっかり暗くなった夜道を、2人で並んで歩く。もうだいぶ寒くなってきた最近は、少し遅くなるとコートが必要なくらいだ。マフラーも、あった方が良いかもしれない。 そんな帰り道なのに、彼女は上機嫌だった。
想い合えるとしたら それだけで幸せだから もし、ただ必要だとしたら それは愛を囁く言葉 君の笑顔が 永遠に変わる このぬくもりを もう手放すことはできない
人気がないからか、彼女は大きめの声で歌を歌っていた。白い息を吐きながら、寒さなんか吹き飛ばすように。 それを聞きながら、隣を歩いていた少年が苦笑する。 「明貴(あき)、やめろって。恥ずかしいから」 「良いじゃないの。私、この歌好きだもん」 言って、明貴はまた歌いだす。そんな姿に、彼ももう呆れ顔を作っていた。 「酔ってンじゃねェの?」 「酔ってないもん! お酒は二十歳になってから!」 冗談のつもりだったのに、彼女は真剣になって返してくる。だが、そのちょっと拗ねたような表情が、彼の行動を見るや、怒り顔に変わった。 「煙草も二十歳になってからなんだからね!」 「いてっ!」 懐に手を伸ばそうとしたところを、先に行動を読まれて思いっきりはたかれてしまう。 「っていうか、こんな田舎で、こんな時間に誰もいないのに、別に良いだろ? ちょっとくらい」 「ハルが良くても私が嫌なの! それに、だったら、私が歌ってても問題ないよね?」 逆に聞き返され、揚げ足を取られたようで、彼、晴海(はるみ)は口ごもってしまう。だが、明貴の方はそれにすっかり気を良くして、軽やかなステップで先に歩き出した。 そんな後姿を見ながら、晴海は思わず吹き出して笑ってしまう。 彼女、如月(きさらぎ)明貴と付き合い始めて、もう数ヶ月になろうとしている。 出会ったのは、高1の春だった。 『水無月(みなづき)くん、晴海っていうの? 良い名前だね。私、晴れた日の海って好きだよ? キラキラ光って、綺麗だもん』 そう言って、何でもないように笑う。その一言で、こっちがどれだけ喜んだかも知らずに。 でも、始めは、由実の友達だという認識だけだった。少し抜けたところのある、可愛い子だとは思ったけども。 それが、高2になって一緒のクラスになって、何となく趣味の話題で意気投合して。打ち解けてからは、明貴は子供の頃から習っていたテニスの話を、晴海は高校に入ってから始めたバンド、“eternal follow”でプロを目指していることや、ライブについての話をした。 それから、明貴は暇があれば晴海のライブを見に来るようになった。クラシックが好きだと言っていた彼女が、晴海が組んでいるバンドだから、と、それだけで。 そんな日が続いて、バンド仲間の間でも明貴の存在は知れ渡るところとなり、不意に明貴のことを聞かれた。すきなのか、と。それに正直に答えていたら、その台詞を明貴に聞かれてしまっていたのである。 告白、と呼ぶには少し軽いものだったかもしれないが、それでお互いの気持ちがわかって、今に至っている。 「あ〜、でも、今日のライブは良かったよな? 久しぶりに人集まったしさ」 「それに、ハルも、苦手なバラードでも音外さなかったもんね?」 「うっせ」 軽く伸びをしながら言った言葉に楽しげに返されて、彼は軽く笑いながら言ってみせる。明貴の前で、自分が作った曲を聞かせてやっているだけに、音程が違うとあっさり彼女にバレてしまう。 「でも、私、“eternel follow”の歌、好きだよ? ハルって、すごく歌が上手いって訳じゃないのに、心の中に歌声が想いになって響いてくるんだもん。今日の『アイノコトバ』もすごく良かったし」 「サンキュ」 明貴の言葉に、晴海も笑顔を返して言う。 やはり、自分が作った曲を好きだと言ってもらって、しかも、それが明貴のために作った曲だと、自然と嬉しくなる。それだけで、やりがいなんていくらでも沸いてくるようだった。 「じゃあ、今度ギターかついで、明貴の家で生ライブしてやるよ」 「え、良いよ! だったら、私がハルの家に行くから」 「え…?」 遠慮がちに言ってきた明貴の言葉に、晴海は一瞬我が耳を疑う。だが、すぐに我に還って聞き返した。 「うち、昼間両親いないけど、良いわけ?」 「うん、全然。何で?」 「……」 聞き返されて、だがそれ以上説明しても無駄だと知って、晴海は軽く咳払いをし、話題を変えた。 「あ〜、俺も気分良いし、歌っちゃおっかな〜」 「ねぇ、何で無視するの?」 頭の後ろで手を組んで言うと、明貴が寂しげな声を上げる。よっぽど気になるらしいが、晴海には答える術がなかった。 ――恐るべし、天然…。 だが、その台詞を口にした後の方がよっぽど恐ろしそうだったので、思うだけにしておいたが。 「あ、そうだ。明貴、“AI”って知ってる?」 話題を早く変えたいためでもあったが、何となく思い出したことを言ってみる。すると、彼女もあっさり乗ってくれて、すぐにきょとんとした表情を見せた。 「それって、2,3年前に病気で亡くなった“Legend”のボーカルでしょ? 私も、何曲かチャートの上位に入ったやつなら聞いたことあるよ。それがどうかしたの?」 「うん、俺、“Legend”って結構好きでさ、ライブも見に行ったことあるんだ」 ちょうど地元でライブがあった日は、平日だったにもかかわらず創立記念日でたまたま学校が休みで、バイトでためた金をかき集めて、二つの電話を手にチケットを取った。 実際、生で見るライブの迫力は、CDから聞く音とは比べ物にならないほど良くて、AIの巧みなMCと“Legend”が作り出す音楽にただ圧倒されてしまった。 「でも、それだけじゃなくて、AIの歌声には想いが詰まってるんだよ。たった一言では集約できないようなもんがさ。ライブの最後にやった、『空』って曲は、思わず棒立ちになって泣いてたよ」 今でも、その時のことは鮮明に思い出せる。2年前のあの日、AIが死ぬ前の、最後のライブだったから。 もしかして、AIは自分の死期が近いことすらわかっていたのかもしれない、と思う。だからこそ、あれだけのものを見せることが出来たのではないか、と。自分の想いだけは、そこに繋ぎとめるように。 「ねぇ、最後の曲って、どんなの?」 「え…?」 明貴に聞かれて、晴海は思わず聞き返してしまう。だが、期待の眼差しで見られて、思わず慌てた。 「あのなぁ、俺はさすがにAIの良さまでは再現できねェぞ? っていうか、バラードをアカペラでって…」 「それはプロデビューを目指すものとして、避けて通れない試練でしょ?」 「……」 それを言われると、正直痛い。いつまでも苦手で放っておくことも出来ないだけに、明貴の言葉を拒否するだけのものが晴海にはなかった。 「…じゃあ、サビのとこだけな?」 仕方なく頷けば、明貴は嬉しそうな声を上げる。そんな姿を見せられると、嬉しくはあるがプレッシャーがかかる。 だが、ここは人気のない田舎の夜道。誰も、自分の声を聞きとめたりしないだろう。そう自分に言い聞かせて、『空』の詞を紡ぎ出す。 命 尽きる前に 何も 見えなくなるほど 信じる気持ち 失わないコト 戦いの果てに 掴める何かを求め それだけでいい 何も望まないから その笑顔だけを抱いて 眠る…
とにかく、音程にだけは気をつけて、何とか歌いきる。それでようやく一息ついて、晴海は何気なく明貴の方を見やった。 すると、 「明貴…?」 隣に、彼女の姿がない。振り返ってみれば、立ち尽くしたまま、明貴が泣いていた。 「どうかしたのか?」 その様子にぎょっとして、晴海は慌てて明貴のいる場所まで引き返す。すると、明貴は涙を拭い、首を振って答えた。 「うぅん、ハルの言う通りだなって思って。知らない曲なのに、何か泣けてきちゃった」 「明貴…」 「それにね、ハルにも、あると思うよ? AIみたいに、心に響く歌、作れるもん。私、あんまり一つのバンドを好きになったりしないけど、“eternel follow”だけは違うからね?」 そっと晴海の手を取って言う明貴の言葉にこそ、チカラがあると思った。それだけの言葉を言ってもらえるだけで、頑張れる気がしてくる。いくらでも、苦難に立ち向かっていける気がする。 「そういえば、AIはこんなことも言ってたらしいよ。『もし、言葉で人が殺せるのだとしたら、逆に人を救うための言葉もたくさん存在しているはずだ。だったら、僕は人を救うために、言葉を歌に乗せて届けたいと思う』って。それが、ずっと“Legend”のボーカルとしてやってきたAIの信念なんだって」 唐突に言い出した言葉を、明貴は黙って聞いていた。笑顔で、頷きながら。彼女からチカラをもらうには、それだけで十分だった。 「俺も、そんな風になりたい。っていうか、絶対なってやる! それでいつか…」 「全米・全英チャートで1位を取る?」 言いかけた晴海の言葉を引き継いで、明貴が笑顔で言う。それに思わず吹き出してしまうと、つられて彼女も笑い出した。 「早く帰ろう、明貴。このままじゃ2人とも風邪ひいちまうよ」 「うん、急ごう、ハル」 手を伸ばせば、それに答えてくれる人がいる。いつも傍で笑ってくれる人がいる。それだけで、いくらでもこの心が救われた気になる。それが、明貴のチカラ。 言葉で、癒せる傷もある。想いが、不安な心を吹き飛ばしたり、前に踏み出す勇気を与えてくれたりする。それが、真っ暗闇を照らし出す一筋の明かりとなる。それが、晴海のチカラ。 2人のチカラがあれば、どんな奇跡だって起こせると、真剣に思えるほどに。
ほんの些細なものでも胸に響く。それが、アイの言葉。
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