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クリエイター名  ジョウゴ
サンプル:ファンタジー世界風

 その少女は完璧だった。
  少女は美しく、優雅で、そして可憐だった。イリクには、その少女がまるで天の使いに息を吹き込まれているように思われた。
 まずは軽々とアラベスク。驚異的なバランスを見せつけると、右足を軸に左足を跳ね上げ、見事なピルエットを披露する。身にまとったスカートがふわりと広がる。スカートの下から覗くたっぷりした白いレースが、まるで雲のように流れて少女の脚を飾った。
「すげえ、完璧だ」
 息を詰めて彼女のダンスを見守っていたイリクは、一糸乱れぬその動きが止まると、思わずため息まじりにそう呟いた。見物客が詰めかける展示室で声は意外に大きく響いたが、少女はまったく気にとめた様子もなく優雅に一礼する。集まった人垣にも臆さぬ風で顔をあげると、そのままぴたりと動きを止めた。万雷の拍手の中、瞬きもせず時が止まったかのように微動だにしない。

 その少女は、人形だった。


 運河の街フィオレドーロ。交易の要所として栄える街の中心、フロレアリ大聖堂、その付属博物館。一番の呼び物は<夢見る双子人形>と名付けられた自動人形だ。その名の通り、どこか夢見るような表情をしたうつくしい少女人形は、しかしひとたび螺子が巻かれれば、まるで生きているかのような動作を披露する。

 12歳で商会の徒弟になってはじめての遠出。商談のお伴のさらに使い走り、文字通りの鞄持ちに過ぎなかったが、イリクにとってはそれだけで胸躍る体験だった。「フィオレドーロに来たらば、博物館を見ずして去ることなかれ」そんなありきたりなコピーにつられて空き時間に博物館へ寄ったのは、仲間へのちょっとした話題作りに過ぎなかった。
 だがイリクはすっかり<双子人形>に魅了された。見物の人波が去り、ほとんど一人で残されていても、まだ見飽きることが無かった。
 <双子人形>の年の頃は12、3ほど。異国風の銀色の巻毛に、紫水晶の色の瞳。銀色の睫毛で飾られ、煙るような眼がどこかを夢見ている。流れるような鼻梁に、あどけなさの残る唇。陶器で出来た肌はまさに透き通るように白くなめらかだ。すらりとした手足は細く長く、どこからあの動きが生まれるのか不思議でならない。立ち入り禁止の柵に阻まれて近寄ることはできないが、目を凝らせば優雅に伸びる白い指の一本一本に球体関節がはまっているのが見てとれた。

「すっげえな、まじでどうやって動いてんだあれ」
 感嘆のあまりに思わずふらふらと柵を越えかけたとき、イリクの後から鋭く声がかかった。
「そこ、関係者以外立ち入り禁止です」
「あ、すいませ、ん」
 我に返って背筋を伸ばし、振り返ったイリクは、それこそ人形のごとく動きを止めた。
 そこには<夢見る双子人形>がもう一体、立っていた。
 衣装こそ簡素なエプロンドレスだが、イリクと同じくらいの年齢も、銀の巻毛も白くすべらかな肌も<双子人形>と寸分違わない。思わずイリクは展示室の<双子人形>をもう一度振り返り、そこで動きを止めたままなのを確認した。
 もう一度、声をかけてきた少女の方を向くと、今度は彼女が人形ではないことがはっきりした。一度注意したきり、イリクを気にもせずすたすた横を通り過ぎた彼女の手が、少し荒れていたからだ。右の中指のペンだこをはじめ、あちこちに胼胝や傷が浮いている。それは働く人間の手だった。イリクにはお馴染みの人種、というわけだ。

「っていうか、立ち入り禁止なんじゃ?」
 当たり前のように柵の向こう側に進んだ少女に思わず声をかけると、振り向きもせずに答えが返ってきた。
「関係者以外立ち入り禁止です」
 つまり少女は関係者だということだ。もちろんこれだけ<双子人形>にそっくりで、何の関係もない方が不思議だ。なんとか衝撃から立ち直ったイリクは彼女が手に持っているものに気付いた。
「なあ、もしかしてその工具箱さ、君がこの人形のメンテナンスするの?」
 思ったままを尋ねると、少女は振り向いた。
「はい、そうです」
「すっげえな!」
 歓声をあげると、少女はいぶかしげにこちらを見た。
「だってあれ、すげえだろ、<双子人形>、俺、あんな自動人形、見たことねえもん。それをさ、同い年くらいなのに任されてるって、やっぱすっげえよ!」
 俺とかまだ徒弟になったばっかで使い走りだし、できることもそんなに増えてねえし。そんな風に興奮のままにつたない言葉を繰り返すと、
「街の外から来たの?」
 はじめて少女から質問が投げかけられた。
「あ、うんそう。一応王都でグウェナ商会の徒弟やってんだ。俺、イリクっていって」
 勢い込んで言いさしたのを止めるように、鐘が鳴り響いた。夕刻を告げる大聖堂の鐘の音が辺りを満たす。大鐘の荘厳な響き、瓜二つの顔で並ぶ、少女と人形。雰囲気に圧されて口を閉ざしたイリクを、少女は内面のうかがい知れない表情でまっすぐ見つめた。
「……閉館時間」
「なあ、じゃあえっと、明日! また明日、ここに来たら会える?」
「……はい」
 了承までに間があった。渋々なのか、スケジュールを思い出していただけなのか、やっぱり読み切れない。
「それじゃまた明日! ごめんなんか仕事の邪魔しちゃったみたいで!」
「はい」
(これ、どっちへの「はい」だ?)
 機嫌を損ねたかと一瞬ひやりとするが、少女はそれきりイリクに背を向けると<双子人形>のそばで工具を確認しはじめた。
 見回りらしき館内職員の不審そうな視線を受けて、イリクも展示室を早足で出た。出口に近づくにつれ、自分の頬の紅潮をはっきりと悟る。
(……俺、天使に会ったんじゃねえかな)
 イリクは、こんなに明日という日が待ち遠しいと思ったことはなかった。

 が、結果から言えば「明日」は来なかった。無理に時間を空けて、閉館を過ぎて追い出されるまで午後いっぱい<双子人形>の展示室で粘ってみたものの、少女はついに現れなかったのだ。昨日はあれほど輝いて見えた<双子人形>も、もはや彼女の姿無しでは少し色褪せて見えた。とはいえ、その精緻な動きはやはり素晴らしく、イリクに再会の決意を固めさせた。
 そう、次に会うときは俺も使い走りなんかじゃなくて、一人前になって、あの娘と仕事ができるくらいに……

『フィオレドーロ、フィオレドーロ、到着いたしまーす!』

「……んあ!」
 汽車のコンパートメントで、イリクは飛び起きた。まばたきをして、確認する。
「っあー……夢か」
 はじまらなかった初恋を、しっかり思い出してしまった。ともあれ、3年の歳月を経て16歳になったイリクは、再びフィオレドーロの地を踏むことになったのだった。
 
 
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