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クリエイター名  ジョウゴ
サンプル:現代もの/恋愛もの ボーイ・ミーツ・ガール

「ローファー……?」
なんでこんなところに? と藤川颯太は首を傾げた。

校舎裏のゴミ捨て場の真横、今は使用禁止の焼却炉の上。女子用の指定革靴が片方だけ、ぽつんと乗っている。明らかに不可解な存在だ。
持ってきたゴミ袋を適当にゴミ捨て場に放り込むと、颯太はローファーを手に取った。ためつすがめつ確認する。靴底が妙にすり減っている以外は何の変哲もない指定ローファーだ。中敷にある記名をチェック。
<田中>
なんのヒントにもならない。全校生徒千二百人あまり、そのうち女子は六割。田中なんてありきたりの苗字、所持者特定にはつながらない。
これは落とし物として学校に届けるのが普通だろう。
当たり前の結論に達して、颯太はローファーを持ったまま校舎入り口へ方向転換した。

「あああ、待ってーえ、持ってかないでぇー」
一歩二歩進むか進まないかの内に、上空から半泣きの声が降ってきて、颯太はぎょっとして振り返った。そのまま視線を上にやると、
「それ、その靴、私のなの!」
焼却炉のうしろ、公道からの目隠し代わりのポプラ並木の太い枝に、女子生徒が腰掛けているのが見えた。長い黒髪にはゆるいカールがかかり、高く通った鼻筋と、アーモンド型で少し色素の薄い目が異国情緒を醸し出している。
彼女はさきほどの自分の言葉を証明するように、黒いタイツだけの右足をぴょこぴょこ動かしていた。
「あー、何でそんなことになってるのか聞いてもいいか?」
困惑した颯太が尋ねると、女子(推定:田中)はあっけらかんとして答える。
「木に登ったら降りれなくなったの。あ、靴は落ちた。」
シンプルな説明だ。論理に破綻もない。ただし、簡潔過ぎてまったく分からない。
「……まあ、なんでもいいか」
颯太は枝の真下まで近寄ると、樹上の少女に手を差し出した。
「ん? なに?」
少女田中(推定)は不思議そうに目をまたたかせた。
「何、って、降りられないなら手を貸そうとしてるんだが」
自分の親切心を無碍にされたような気になって、颯太は少しむっとする。
「ああ! ありがとう。でもいいよ、靴くれたら自分で降りれるから」
納得がいったというように少女は笑顔を浮かべた。笑うと可愛いな、と思った自分をごまかすように、颯太はついぶっきらぼうな口調になる。

「降りれるなら、そのまま降りたらいいんじゃないのか」
「ムリだよ、靴がないと」
「何で」
「だってタイツおろしたての新品なんだもん。破いたらもったいないじゃない」
「……木に登ってる割に女子っぽいこと言うんだな……」
「え、なに?」
聞こえないように言ったつもりだが、何かを言ったのは分かったらしい。颯太はシラを切ることにした。
「いや、何でもない。ほれ田中」
ひょい、と靴を差し出したが、少女は受け取らない。
「なんでわたしの名前知ってるの?」
きょとんとした顔で颯太を見つめる。
「さあな」
ちょっと考えればすぐ分かるだろうに、心底不思議そうな田中(確定)がおかしくて、颯太はポーカーフェイスを装って答えをはぐらかした。

「ね、靴はかせてよ」
差し出された靴をそのまま受け取らず、逆に少女はほっそりした右足を差し出して催促する。
「なんで俺が?」
「だって、姿勢崩して落ちたりしたらあぶないし」
じゃあ最初っから木なんか登るな、というツッコミをぐっと飲み込んで、颯太は黙ってため息をついた。目線より少し上の右足首を掴んで、ローファーを履かせる。
「足、小さいな」
「そうでもないよ? 23.5だもん。普通普通」
「ふーん。女子ってそんなもんなのか」
なんでもない会話を交わしながら、靴がずれていないか確認。すると、頭上からくすくすと笑う声が聞こえた。
「何笑ってんだよ」
「あ、ごめん、君のこと笑ったわけじゃなくて、なんか世話を焼いてもらってるとお姫様みたいな気分になるなーって。シンデレラみたいな?」
「俺は世話係か」
颯太がむくれて突っ込むと少女は首を傾げた。
「シンデレラに忘れた靴を履かせてくれるのって王子様じゃなかったっけ」
「街中を回って確認するのは家来の仕事だろ」
「そっかそっか。じゃあ靴を見つけてくれた王子様と一人二役なんだねえ」
うんうん、と謎の納得をして少女は頷く。
王子様、の一言に顔を赤くしかけた颯太は、
「バカなこと言ってないでそろそろ降りろよ」
と、話を逸らしてごまかした。

「はーい」
と、いい返事をした少女は、枝に両手をかけ、そろそろと両足を下ろす。木の幹にぴったりと靴底をつけて、ずずずずー、とまるで滑り落ちるかのように木から降りていく。

(あ……あぶなっかしいなオイ……)
見ている方がヒヤヒヤする降り方だった。どおりで靴底は磨り減ってるわけだし、あの降り方は確かに靴無しではタイツは駄目になるだろう。颯太は手助けがいるだろうか、と手を差し伸べかけた。
次の瞬間、軽い悲鳴とともに少女が手を滑らす。考える前に颯太の体は動いていた。

どさ、という音。「ぐえ」という呻き声。人の身体の暖かさ。
痛みを覚悟していた少女は、おそるおそる周囲の状況を確かめる。冷たい地面に尻餅をついているはずだった自分は、誰かの腕に身体ごとかばわれて擦り傷ひとつない。
見上げれば、少年のしかめっ面。
「ね、どこか怪我したりしてない?」
身を寄せた姿勢のまま、少女は颯太に尋ねる。
「いや、俺は大丈夫。そっちは?」
「うん、わたしも平気。ありがと。すごいね、一人三役だね」
「うん?」
「王子様と、従者と、それから騎士! ね?」
「……お前よくこの状況でそれだけこっぱずかしいこと言えるな」
「だって騎士様がかばったまま離してくれないんだもん」
「!! 悪い!」
ぱっ、と颯太が両手を広げると、少女は立ち上がった。
「いえいえ、守ってくださったんですもの謝罪には及びませんわ騎士様」
「田中、それマジでやめてくれ恥ずかしいから」
「だって、君は名前を知ってるみたいだけど、わたしは君の名前、知らないもん」
「あ? あー、そうか。俺は藤川。藤川颯太」
「ふじかわ、そうた……。藤川颯太君ね、覚えた。今度何か奢るね」

スカートの裾を払って立ち去りかけた少女は、しかし急に思いついたようにしゃがむと、颯太の顔を覗き込んだ。少女の飴色の瞳とまともに目が合って、思わずドキマギする。
そんな颯太には委細構わず、少女はにっこりと笑った。

「颯太君! 今日は色々ありがと! 奢る前に前払いのお礼!」

ちゅ。
軽いリップ音がしたかと思うと、スカートを翻して走り去っていく少女の後ろ姿はあっという間に校舎の陰に消える。

「い、意味分かんねえし、下の名前、まだ聞いてねえし……」

火照った頬を手で押さえながら、藤川颯太は真っ赤な顔で呻いた。
それほどの焦りが無いのはこのちょっと変わった少女とは長い付き合いになるだろう、という予感があったからだ。もちろん、それは願望でもあったのだが。

少なくとも彼の高校生活において、その予感はぴったり的中することとなる。


<了>
 
 
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