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クリエイター名 |
真野橋ヤツカ |
サンプル1:異能もの
1:
「面白い見せ物じゃない、やって見せてよ」 夜闇に蝋燭の明かりだけが頼りの朽ち壊れた神社の神殿内で、彼女は肩胛骨まである雪色の髪をかきあげ、眼前の怨敵に言い放った。 すらりと延びる肢体を股近くまで切れ込みの入った細身のロンタイで覆い、上半身にはチューブトップ一枚のみ。そして両腕には、時季はずれの肘まである紐でくくられた長い革手袋。ファッションモデルのように仁王立ちする彼女は、好色そうな笑みを見目麗しき顔に張り付かせ、白く濁った対の瞳を愉悦と共に細めていく。その表情は、人であるはずの彼女の方が人で無しに見えてしまうほどに美しく歪んでいた。 そんな女に対しているは、"鬼"。昔話に出てくる風貌そのものの、旧くから存在する身の丈2mを越す人外は、人質を取られているにも関わらず強気な姿勢を崩さぬ白髪の女に一歩たじろいでしまう。しかし、負けじと腕に抱いた少女の腕を高々と引き上げ、牙が生え並ぶサメのような口から人の語を紡いだ。 《タダノ脅シト思ッテイルノカ。ダトシタラ大キナ間違イダ。ソレ以上近ヅケバ、私ハコノ娘ヲ殺ス》 「いちいちそんなこと言わなくても分かってるよ。あんたが本気でそのガキバラそうって考えてることぐらいさ」 "鬼"の言動に堪えきれず笑い出した女は、目尻を指で拭う。 「別に良いよ、好きにすれば。そのガキがどうなろうが、私の知ったことじゃないし。どうぞ気の済むまで、なぶって千切って裂いて破って剥いでもいで抉りなよ」 《キ、キサマ・・・》 「間違えてんじゃねぇよ。私の仕事はあんたを殺すことであって、そのガキを助ける事じゃない。逆に言えば、アンタを殺せるんならそんなガキ一人の命、どうだっていいんだ。つまり、分かる? 人質取って優位に立ってると思ってるんだろうけど、その実何の意味も効果もないんだよ、あんたの行動は」 妖艶に微笑みながら一歩一歩歩を進める女に、"鬼"は少女の腕をさらに力強く引く。気を失っているはずの少女の顔が痛みに歪むのを見て尚、女の歩みは止まらない。 《オ、オノレ。今マデヤッテキタ人間ハ皆コレデ隙ヲ見セタトイウノニ、貴様ァ》 鬼の爪が少女の腕に食い込み皮膚を破り、赤い血を垂らす。鮮血を見た女の顔が綻んだ。 「ふぅん。つうことは、今まであんたを殺しに来たヤツってのは、よほど腰抜けで能無しだったんだね」 軍用ブーツが木板を踏みしめる音が、鈍く響く。気がつけば、女と"鬼"の間合いは2mも無くなっていた。しかし、女の底知れない威圧感に押されている"鬼"は、その事実に気づかない。 「さて・・・・・・詰みだ」 俯き呟く女、その体が跳ねた。 疾駆する女に、"鬼"が抱えていた少女を投げつける。 まるで物のように扱われ真っ直ぐに飛来する少女。女はソレを右手を床につき身を伏せて避けつつ、左手の手袋を歯で紐解く。彼女の後方では少女の体が2、3度床で跳ね、滑り、壁にぶつかって止まった。 女は少女の顛末を気にする素振りも見せず、さらに"鬼"へと詰めよった。 てっきり女が少女を受け止めると思っていたことで虚を突かれた鬼は、いとも簡単に女の接近を許し、為すすべもなく顔面に、女の裸の左手が押しつけられる。 「優しくイカセてやるよ」 皮膚というにはなんと堅く、そして鉄臭いものだ−−−それが、女の呟きを聞いた"鬼"の最後の思考だった。 ただ触れられただけの"鬼"は膝から崩れ落ち、そのままうつ伏せに倒れ込む。そして、壊れたビデオを再生しているかのように巨体をぶれさせ、やがて無へと帰っていった。 「結局、こいつも私をイカセるには不十分だったか」 毒づく女は、さきほどまで"鬼"が倒れていた箇所を睨んでいた。"鬼"の痕跡は何一つ残っておらず、あるのは少女の腕から垂れた血の一滴のみ。彼女は鼻を鳴らして落ちている手袋を拾い上げ、露わとなった自らの左腕を見た。 人の腕の形は留めてはいるが、肘から先の皮膚は錆びた鉄のように変異しており、右手で擦れば指の腹に血の臭いのする粉末が付着する。そんな左手の正体は、人、獣、植物、人外−命あるものに触れれば有象無象区別無くその命を奪う事の出来る『ラブレス・ハンド』。死神の鎌と同化した末に生まれた、彼女の必殺の狂腕だ。 手袋をはめ直した女は、神殿内を出る。途中、浜辺に打ち上げられたゴミのように転がる少女を一瞥したが、すぐに視線は戻した。彼女にしてみれば、死んでいないのを確認できればそれで十分だった。朝になったら、そのうち誰かが見つけるだろうと踏んでいた。 「・・・帰るか。請求は明日に回そ」 乗ってきたバイクのある場所へと、石段をゆっくり降りる女。鳴り響く雷雲から閃光が放たれ、女の表情が一瞬浮かぶ。 仕事を終えた彼女−−久桐カレハの顔には、達成感とはほど遠い虚無感だけがあった。
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