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クリエイター名 |
真野橋ヤツカ |
サンプル2:戦争もの
厚い黒雲が空を覆う夜。森林の中を、連続した銃撃音と樹木の倒れる音が響く。 遠方の小さなノズルフラッシュを灯りに木々の合間に浮かび上がるのは、群青色をした10mほどの大きな鉄巨人――通称“DOLL”と呼ばれる、陸戦用の人型戦車。 装甲の表面から降雨による水蒸気を発する"DOLL"の手には、人間用のマシンガンをリサイズしたような無骨な銃器が握られていた。腰部のファンから、動力である"セフィロティス鉱石"の反応音が低く唸りをあげる。人の顔を模した頭部に点る、まるで目のような2つのモノアイが、せわしなく動く。 どこからか聞こえていた銃声が、唐突に止んだ。 静寂から一拍置いて、爆音が木々の間を駆け抜ける。熱風が"DOLL"を包み、周囲の木々ごと揺さぶった。 「どこだ、どこにいる…」 群青色の"DOLL"のプレイヤー――"DOLL"のパイロットの俗称である――は、モノアイを通してコックピットに映し出される視界を睨みつけていた。 ジャミングでもされているのか、レーダーはほとんど使いものにならないでいた。頭部センサーによるレーザー式360°モニターも役立たずとなっており、彼は今、モノアイカメラを使用した有視界白兵戦を強いられていた。 『こちら、コボルト3。コボルト4どうだ』 『こちらコボルト4、所属不明機を確に……うわあぁ――』 悲鳴混じりの友軍の交信はノイズに変わり、再び近くで爆音がする。先ほどの爆発より、距離が近かった。 まだ新品の匂いがするコックピットの中で、彼は歯噛みした。 なんだって、こんなところに敵がいる。訓練校時代に叩き込まれた、戦争行為について定められた条約が頭に浮かんだ。 『こちらコボルト3、所属不明機のデータ照合…おい、嘘だーー』 『こちらコボルト1。コボルト3どうした、応答しろコボルト3』 3度目の爆音。音源はさらに近づいていた。モノアイを向ければ、黒い空を染める、"セフィロティス鉱石"特有の白い炎があがるのを捉えることが出来た。 これで自分を含め残り2機。たった1機の所属不明機に1小隊が壊滅の危機にさらされている事実。夢としか思えなかった。 『こちら、コボルト1。コボルト5、無事か』 リンクシステムの備え付けられたヘルメット代わりのヘッドセットから、焦り混じりの声が聞こえていた。だが、彼――コボルト5は、それが自分に向けられた無線だということにすぐに気づけなかった。 『コボルト5、応答せよ!』 「――え?あっ。は、はい!」 怒鳴り声に、 現実に意識を戻すコボルト5。ずれたヘッドセットを直し、コボルト1に応答した。 『現在地はどこだ。分かる範囲で構わん』 言われるまま、彼は視界前方に浮かぶHUDに目を走らせる。しかし、ジャミングで計器が狂っており、レーダーの表す数値はデタラメになっていた。 仕方なしにマップを呼び出した彼は、今までの動きと土地勘、記憶を頼りに現在地を割り出し、おおよその場所をコボルト1に伝えた。 『…そうか』 そこで待機していろという命令の後に、無線が切られた。 “DOLL”の駆動音と雨音だけが、世界を支配する。装備のチェックをしつつ、周囲に気を配るコボルト5。腕時計を見れば、最初の交戦からまだ5分と経っていなかった。僅か5分足らずで、3機の"DOLL"が撃墜された事実に、彼は唾を飲み込み喉を鳴らした。 右後方から、木々の倒れる音が聞こえた。 後ろっ!? コボルト5はペダルとレバーを押し込み、機首を旋回させた。銃口を向け、火器管制のロックを外す。 厚みのある足音が近づくごとに、それに比例して彼の心臓の脈拍数も増加する。 モノアイカメラの写す風景の中心、闇に埋まる木々の隙間に、巨大な人影が見えた。 威嚇の意味も込め、コンバットシステムがロックオンするより早くセーフティを外し引き金を引く。だが、彼が引き金を引くより一瞬早くIFFが作動し、自動ロックがかかった。 『コボルト5。お前は俺を殺す気か』 ヘッドセットから耳に届いたのは、友軍、コボルト1の声だった。よく見れば、木々の間から出てきたのは彼が乗っている"DOLL"と同型の、そして5体不満足となっている“DOLL”だった。 あるはずの右腕は消え肩口から火花を散らしており、装甲も所々欠け落ち内部を露出させている。残っている左腕には、小ぶりな両刃剣が握られていた。 『生き残ったのは俺たちだけか…厄介だな』 「これから、どうします?」 彼はコボルト1から予備弾倉を受け取りながら意見を伺った。 『どうするもこうするも基地に退くしかない。基地まで逃げ延びて、本部にヤツらの条約違反を知らせなきゃならん。やれやれ、無線帯まで潰してくるとは手の込んだことをしてくれやがって』 「やはり、相手は…」 『恐らく、お前の考えている通りだ。…準備はいいな、よし、行くぞ』 コボルト1のかけ声を合図に、連れ立って森林を行進する2体の“DOLL”。木々をなぎ倒し、HUDのマップと自らの眼を頼りに歩き続ける。 行進中、コボルト5はセミオート歩行に切り替えて、揺れるコックピットの中で自問自答していた。どうして、どうしてこんなことに……一体なんで。人ってヤツはどうしてこうも……。 操縦幹を離しうなだれるコボルト5。そのとき、深い眠りも覚ますようなけたたましいアラーム音が、コックピットに響き渡った。 ――ロックオン?どこから!? 彼は反射的に操縦幹を握りしめ、回避行動をとる。左右に跳ぶ2体。 直後、さきほどまでいた場所が深くえぐられ、クレーターが出来ていた。 『……悪夢、だな』 隊長の呟きに導かれ、彼もモノアイを隊長機と同じベクトルを取った。 ソレを見た途端、音のない声が彼の口から漏れた。刹那、息を忘れるような衝撃が、脳髄をシェイクした。 爆音の向こう、燃え盛る木々に照らされ、その“DOLL”は立っていた。 「シリー、ズ…F・A?」 『それも、新型の、だな』
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