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クリエイター名 |
今宮和己 |
サンプル
『スミレ』 <高校生が主人公の学園恋愛小説>
花森はクラスのみんなから『スミレちゃん』と呼ばれている。 ちなみにスミレは本名じゃない。花森房子という少々古臭い響きの名前が彼女の本名で、スミレは英語のSmileをもじった花森の愛称だ。 その呼び名の通り、花森は笑顔のかたまりのような女だ。この高校に入ってから花森と知り合った僕は、つい先日まで花森の笑っている以外の顔を見たことがなかった。 かといって花森が何も考えていない能天気女かというとそうでもなく、むしろ花森は努力家でクラスのためにも積極的に行動する委員長タイプだ。 普通そういうタイプはどこか気が強くて敬遠されることが多いのだが、花森の場合はとにかく人が好くて我慢強く、なにより常に笑顔を絶やすことがないので、男女を問わず人気があった。 もちろん中には花森の人の好さにつけこんで無理難題を押しつけ、雑用係のようにこき使うヤツもいるが、花森自身は嫌な顔ひとつせず、そんなヤツらのためにまで学校中をところ狭しと駈け回っている。 はたから見ていて時々さすがに頑張りすぎだと思うことはあるものの、なにしろ本人が「平気平気」と笑うので、僕もそれ以上深く考えることはしなかった。 そう、あの日、花森の涙を見るまでは……。
あの日僕が教室に戻ると、花森のカバンがまだ机の上に残っていた。 部活の都合で少し遅くなっていた僕は、てっきりもうみんな帰っているものだと思っていたので、正直ちょっと面食らった。 いわゆる進学校で、特に部活に力を入れている訳でもないうちの高校は、七時過ぎにはすべての教室に鍵がかかる。その時は時間もギリギリだったし、夏とはいえ陽もほとんど傾いていた。 僕は、そういうばホームルームの最後に担任が花森に倉庫の整理を頼んでいたのを思い出した。もうすぐ体育祭が近いので、ハタやら何やら普段使わないものが必要になるのだ。 女の子に頼むことじゃないと思ったが、花森以外に安心して頼める相手がいなかったのかもしれない。花森もふたつ返事で引き受けていた。 責任感の強い花森のことだ。きっと適当に終わらせることが出来ずにまだ頑張っているのだろう。 そう思った僕は、ちょっと説教してやるつもりで花森のカバンを持って教室を出た。 大体、花森はなんでも自分ひとりで頑張り過ぎるのだ。 僕は花森と知り合ったのは高校に入ってからだが、不思議と席が近くなることが多かったので自然と打ち解け、今ではお互い軽口を叩ける関係になっていた。 体育館の裏にある倉庫に行くと、やはり花森はそこにいた。休憩中なのか、倉庫の壁に背中を預けてぼんやりと空を眺めている。 「はなも……」 声をかけようとして、僕は途中で息を飲んだ。花森の様子がいつもと違うことに気づいたからだ。 花森の横顔は、まるで別人のように寂しげだった。 しかも最後の夕陽を受けて、花森のまつげの端に輝くのは……。 「なんだ、佐山くんか」 次の瞬間、花森は不意に僕の方を振り向いて微笑んだ。 「あ、カバン持ってきてくれたんだ。ゴメンね。わざわざありがと」 「いや、それより……」 「ん、どうかした?」 花森は不思議そうに首をかしげた。 いつもの笑顔。いつもの花森だった。 花森があまりにも自然に振舞うので、僕はそれ以上何も聞けなくなってしまった。 そうして結局その日は、まだ少し残っていた仕事を手伝い、普段どおりの軽い会話を交わすだけで花森と別れた。 でも僕は、心の中ではずっと花森の涙について考えていた。 ほんの一瞬だったけど、見間違いなんかじゃない。 僕は確かに見たのだ、花森の涙を。
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