|
クリエイター名 |
今宮和己 |
サンプル
『バイトでサンタ』 <クリスマスが舞台のファンタジック・コメディ>
角を曲がった瞬間、腕を組んだカップルにぶつかりそうになった。 「ゴメンなさい」 ギョッとした顔の2人に声だけで謝って、振り向かずにそのまま走り続ける。 クリスマス・イブのにぎやかな街を全力疾走する私を、とおりすぎる人たちが不思議そうに振り返っていく。 お店の前に並べられたクリスマスツリー。楽しそうにプレゼントを選ぶ親子たち。スピーカーから流れる定番のクリスマスソング。いつもならワクワクするはずの景色も、今はほとんど目に入らなかった。 駅前の大通りをすぎて線路のむこう側に渡ると、急に下町っぽい建物が増えてくる。目指す家はもう、せまい路地を抜けたすぐ正面だ。私は引き戸に手をかけて、荒い息のままガラリと乱暴に引き開けた。 「おじいちゃん、おじいちゃん!?」 家の中はふだんの騒がしさがウソみたいに静まり返っている。 息苦しい沈黙に、引き戸にかけた手にも自然と力がこもる。頭の中が悪い想像でいっぱいになりかけたそのとき。 「おーい育美、こっちじゃこっち」 ワンテンポおくれて、耳なれた声が廊下に響いた。あきれるくらいにのんびりした調子の、いつもどおりのおじいちゃんの声だ。 ホッとしたようなちょっとだけ拍子ぬけしたような複雑な気分で、私はヘナヘナと引き戸にもたれかかった。
「もう、ビックリさせないでよ。階段から落ちたっていうから、大ケガしたのかと思ったじゃない」 私は包丁でリンゴの皮をむきながら、口をとがらせておじいちゃんをにらんだ。 クリスマス・イブの日曜日。私たちの高校はすでに冬休みに突入して家でゴロゴロしていたところに、突然おじいちゃんが階段から落ちたという電話がかかってきたのだ。 でも慌てて駆けつけてみたら当のおじいちゃんは腰にシップを貼って背もたれにもたれているものの、後はピンピンしていたのだ。もちろん無事でよかったに決まってるけど、心配させられたぶん文句のひとつも言いたくなるというものだ。 「わしは軽く腰を打っただけだと言っといたぞ。どうせよく話も聞かずに飛び出して来たんじゃろ」 おじいちゃんはそう言って私の不満を平然と受け流した。 そういえば慌てて家を飛び出す私の背中に、お母さんが受話器を片手に大声で何かを叫んでいたような気もする。 図星を突かれてグッとつまった私を見て、おじいちゃんは楽しそうにふぉっふぉっと笑った。 「まあ、ちょうどよかったわい。お前に大事な話をしようと思っとったとこじゃから」 「大事な話?」 首をかしげる私に、おじいちゃんはごく当たり前の口調で言った。 「育美、わしの後を継いでサンタクロースにならんか」 「……は?」 「実はわし、サンタさんなんじゃよ。本当はお前がもっと大きくなってからにするつもりじゃったが、まあいい機会かもしれんしの」 私はおじいちゃんの顔をまじまじと見つめた。 おじいちゃんは私の視線を正面から受け止めてニコニコ笑っている。 「……えと、サンタってあのサンタ?」 「そう、あのサンタ」 「……おじいちゃんが?」 「そう。わし鈴原源三、72歳が」 おずおずと尋ねる私に、おじいちゃんがあくまで笑顔で答える。 一瞬の沈黙。 次の瞬間、私は部屋のすみに置いてあるダイヤル式の電話にはじかれたように飛びついていた。 「きゅきゅ、救急車救急車!」 きっと、やっぱり、絶対、頭の打ち所が悪かったんだ! 必死に119番に電話しようとするのに、手が震えてうまくダイヤルを回せないのがもどかしい。 「……まったく、しょうがないやつじゃの」 パニック状態の頭で電話と格闘を続ける私に、おじいちゃんがため息まじりにつぶやいた。 それと同時に、視界の片隅でパッと光が輝く。 「……え?」 私は反射的におじいちゃんの方を振り向いた。その手から、受話器がゴロンと転がり落ちる。 おなじみの赤いコートに赤い帽子。一瞬の間におじいちゃんがサンタクロースの衣装に変身していたのだ。 「これで信じるじゃろ?」 「あ、あは、おじいちゃん、意外と手品が上手なんだ。でで、でも私をだまそうったってそうはいかないんだからね」 そうだ、おじいちゃんのことだから、また私をからかおうとしてるに決まってる。絶対トリックがあるはず。でなきゃ……そう、プラズマだ! とにかくなんでもいいから、純日本人で下町っ子のおじいちゃんがサンタだなんて、それだけは常識的にありえっこなかった。 「お前も案外頭が固いの。それなら」 おじいちゃんはフッとため息をついてパンパンと手を叩いた。 「花丸、花丸!」 おじいちゃんの声に答えて、チリンと鈴の音が響いた。廊下からおじいちゃんの飼い猫の花丸が部屋の中に入ってくる。 花丸は私の顔を見上げてニャンと一声鳴くと、ジャンプしてクルリと宙返りした。次の瞬間、ポン!とピンクの煙がはじけて、その中から現れたのは……立派な角を持った大きなトナカイだった。 「は、はなはな……花丸!?」 「育美さん、ボクからもお願いします」 あまりのことに口をパクパクさせる私に、花丸だったトナカイが長い首をペコリと下げてお辞儀する。 「どうじゃ、これでさすがに信じる気になったじゃろう」 おじいちゃんが満足げにウンウンとうなずく。 でも私には、おじいちゃんの声はほとんど聞こえていなかった。花丸がトナカイに変身して言葉を話したその瞬間、私はアワを吹いて気絶してしまっていたのだ……。
|
|
|
|