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クリエイター名  佐嶋 ちよみ
[ファンタジー]三日月の夜に祈りを

「リナ。よく帰ったね」
 クラウ=ラッド=ヴァルフ。リーナルの異母兄は、一人で執務机に向かっているところだった。
 見慣れた光景である。
 暗色のくせ毛を後ろに流しており、実際の年齢より少し上に見える。そうでもして箔を付けないと、臣下たちに軽くあしらわれるのだと話していた。
「兄上……。御無事で何よりです」
「はは、それは私の言葉だ。その様子では、ヴァンに何か吹きこまれたか?」
「! あの男は関係ありません! 私の留守中に……父上や兄上、弟に何かあればと不安に思うのは当然でしょう」
「何かありそうに見えたかな」
「兄上。言葉遊びをしている場合ではありません。城の異変くらい、リーナルにだってわかります」
 真剣な態度を崩さぬ妹へ、クラウは肩をすくめ、姿勢をただした。
「……そうだね。悪かった。さて、どこから話そうか」
「父上と、ソラスは……命を落としたのでございましょう?」
「なぜ、そう思う?」
「父上は、もとより病で臥せておられました。容体の急変自体は珍しくありません。ただ、同時期にソラスも、なると……一時に、公にはしにくいでしょう」
「なるほど。たしかに」
「私が、西でどういった形をつけても、戻ってきたならば……」
 兄は、妹の言葉に聞きいる。
「それを功績とし、王位の復権、並びに第一継承者として推すつもりでは、ございませんか」
「リナは王になりたいのか?」
 その一言で、リーナルの思考は沸騰した。
「それは兄上が一番ご存知のはずだわ!」
「……悪かったよ。からかって悪かった。悪友の癖が伝染ったな」
「ヴァンのせいにすれば済むと思って。もう」
 脹れっ面をする妹へ苦笑いを返し、それからクラウは立ち上がった。
「それじゃあ、答えだ。半分ハズレで、半分アタリ」
「……え?」
「父上もソラスも、生きているよ。ピンピンしてる」
「!!」
「リナが城下を空けると聞いて、嫌な予感はした。守るべき者、行動をとる者、私情と切り離して見極めることくらいできなくては、国の柱とはなれない」
「では……兄上」
「恥ずかしながら、ね。災いの種は、私の配下の者だった。ソラスの仕業と見せかけ、父上を弱らせる薬を混ぜ込んでいたのも、今回の機にソラスの命を狙おうとしたのも…… あぁ、私の命を狙おうとしたのはソラスの配下だけどね」
 朗らかに言ってのける兄は、さすがにヴァンの友人だと、リーナルは実感した。
「全て捕えて地下牢に入れている。父上とソラスは、少々手荒だが軟禁……というと聞こえが悪いが、信頼のおける者に警護してもらっている。騎士団詰所が手薄だっただろう?」
「あぁ……それは、たしかに」
「そういうわけで表面は穏やかだが、私を反逆者と看做す声も上がっている。さてどうしよう」
「どう……って、兄上!」
「そこで、我が頼もしき妹の登場だ。西の噂を晴らし、兄の汚名も雪ぐ。これ以上ない手柄であるな」「兄上」
 メデタシメデタシ。
 クラウは上機嫌に手を叩く。
 リーナルは眉間に皺をよせ、さてどうしたものかと考えた。




 友好の証として、イーハに名を轟かすフォモール族の姫が自ら王都訪問は慶事として受け入れられた。
 『ヴァルフィルトによりイーハは守られ、イーハはヴァルフィルトを守るものである。妖精の国はなくとも、我らには愛すべき国が在る。ここに在る』
 ミュウの言葉は、惨劇を知らぬ民たちへこれ以上ない安心を与えるものであった。
 その隣には、病床より戻ったヴァルフィルト王の姿がある。
 二人の警護には、西から戻った騎士・ケトが当たっていた。
 城下がにわかに活気づく。
 民衆に紛れ、ファリドが歌い、レイティアが舞う。
 新たなサーガが紡がれる。

「見事な退治っぷりだ」
 王城のバルコニーで、宴の酒を飲みながらヴァンが笑う。
「世界の全てとは言わなくても、端っこくらいは引っくり返したでしょう」
 上機嫌で、リーナルが並ぶ。
「……そうだな。ったく、いつまでも子供子供と思っていたが」
「なによ」
 久しぶりに下ろした金の髪を一すくい、ヴァンは指先に絡め取る。
「王家に戻るこたぁねーだろ……」
「私の願いは、クラウ兄上が玉座に着く事よ。約束された今、変な意地を張る必要もないじゃない。騎士団への籍は置いたままだし。私は名実ともに、愛する国を守るわ」
「まっすぐなんだか、歪んでんだか判りにくいんだよ、おまえさんの愛国心はよ」
「そうかしら」
「そうさ」
「わかりやすいつもりなのだけど」
「行動原理はな。けど――」
 愚痴をこぼす、ヴァンの肩に細い指先が添えられる。
「政略結婚で、良い御相手を見つける前に、揺るがない名声を携えて迎えに来て頂戴?」
 細かな傷の走る、戦士の頬に口づけを。
 顔を離し、優雅な笑みを浮かべ、その鳶色の瞳を覗きこんだ。
「…………どっこっの! お姫サマだ、おまえは!」


「知らないの? マグトゥレド諸国連合西端の地・ヴァルフィルト王国が王女、リーナル=フィル=ヴァルフよ!」



 神の子も人に混ざり、恐ろしき魔物の存在も吟遊詩人が歌うばかりとなった。
 人が神の教えを説き、
 人が剣を持ちて戦い、
 人が田畑を育て恵みを得る。
 人が王となり国を作り、国は幾つもの線引きをして存在し、力の差を示した。
 いつもどこかで争いが起き、そしてどこかで和平が結ばれる。
 世界は美しく円を描き、連綿と時を紡いでいる。


 
 
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