|
クリエイター名 |
鈴 隼人 |
サンプル
てるてる坊主
ねぇ、てるてる坊主って知ってる? あれってさ、首吊死体なんだよね。 雨が降らなくて、みんながとても困って、仕方ない神様に捧げものをしようってことで、 生贄にされた人の形を真似しているの。ね、知ってた? だから、あなたのおうちのあの軒先の下、あそこで白くぶらぶらぶら下がってるのは、 首つり死体。そう思うと……ねえ、なんとなくぞっとしない?
そういって、彼女はさも面白そうにくすくすと微笑んだ。
あれから何年もたっているというのに、軒先にぶら下がるてるてる坊主を見かけるたびに、 どうしても思い出してしまう。 彼女自身の記憶は曖昧だ。 確か、田舎に数年ぶりに帰ったとき、近所の娘として訪ねてきていたのだろうか。 白いワンピースを着ていた。まだ12歳くらいの少女だった。 黙っているとおとなしく可愛らしいのに、口をつくと、現実にはないものを見つけては喜んでいる、 変な娘だなと思ったが、そういうオカルトっぽいことに興味を示す年代なのかもしれない。
名前はさすがに覚えていないが。 今ではきっと成長して、立派な女性になってることだろう。
てるてる坊主の彼女。
なんとなくぴったりなネーミングに、少し愉快になった。
彼女と再会したのは、意外な場所だった。 東京の私の会社のあるオフィス。彼女は夏休みのアルバイトとして、下の階のイベント会社に出入りすることになったらしい。 昼休みにいつも行く蕎麦屋で、偶然彼女を見かけて驚いてしまった。 昔の彼女をそのまま大きくしたような姿だった。 白いワンピースを着ていなかったら、それでも分からなかったかもしれないが。 「君は……もしかして」 「雄樹おじさま?」 「……えっと……加奈ちゃん?」 名前がふっと口をついた。ずっと忘れていたのに。 「はい。お久しぶりです。こんなところでお会いできるなんて」 蕎麦屋の混雑する店内。彼女はアルバイト仲間と一緒だったし、私も同僚と一緒だった。その場は軽く挨拶するだけにして、そのときはそのまま別れたのだ。
彼女と次に再会したのは、仕事を終えて、オフィスのあるビルを出ようとしたところだった。 ガラス戸の向こうに、白いワンピースの彼女がいた。 「加奈ちゃん」 「おじさま。夕食でもおごってくださいません? 懐かしくてお話したくて」 「そう……そうだね」 私は彼女のそんな人なつこさを知らなかった。だが、断る理由もあるはずもなく、彼女の帰り道の方向にいちばん近い、パスタの店へと案内した。 加奈は田舎から出て、2年前から東京の大学に通っているらしい。 上品だが、素直で人なつこい笑顔をみせる。そこそこの美人だし、大学ではさぞもてるんだろう。 「そういえば、君が前に話してくれたてるてる坊主の話、覚えてるかい?」 私はワインを注文して、彼女に笑いながらたずねてみた。 「……覚えてますわ」 加奈は微笑んだ。その笑みがとても優艶に思えて、私は少し戸惑った。 「私……てるてる坊主に取りつかれてるんですもの」 「え……」 「そして、おじ様ならきっと私を助けてくださると思ってるんです」 「どういうことだい」 ワインに酔うにはまだ早い。 私は耳を疑いながら、至極真面目な顔をして私を見つめている彼女を見た。
「だっておじ様、私、おじ様が働いている場所と同じところだったから、あのアルバイトを選んだのですもの」
なにを言っているんだろう。
私は彼女を見つめ返すしかなかった。 そのとき、ふと、清楚で美しい彼女の背後から、何かが動いたような気がした。 何だ。 私は目を凝らす。 白い布のようなものが、彼女の長い髪の肩越しのあたりにひらひらと揺れている。 パスタ屋のカーテン? いや、違う。あれは彼女の真後ろにある。 白い布はどんどん大きく膨れ上がって揺れ始めた。 まさか……。 その布に私は魅せられるようにひきつけられていた。 まさか。その布の向こうに大きな白い塊が見える。塊の下には藁のような紐がくくられている。 それは吊るされて揺れているのだ。
「……あ……ああ……」 私は驚愕してがくがくと全身が震えるのがわかった。 彼女の頭越しにあるそれは、……巨大なてるてる坊主だった。 天井から吊るされ、強い風にはためくように揺れながらその巨大なてるてる坊主はゆっくりとこちらを振り返る。 そして、……にぃぃぃ、と裂けた口元をゆがませた。
「……あ……あああ……」
「おじ様は……やはり、これが見えるのですね……やっぱり……お会いできて嬉しいですわ……。きっとおじ様なら私を……私を救ってくださるはずと……」 「な……なにを言ってるんだ……加奈ちゃん……これは……これはいったいなんなんだ」 私はひどく動揺しながら、彼女を見た。 彼女は祈るように私を見ている。 「私は……私は……」 加奈はまぶたを伏せて、祈るように指を組んだ。その後ろでてるてる坊主は、唇を歪めながら私を見下ろしている。 すでにその大きさは最初の頃からに比べれば、どんどん体積を増している。 「……おじ様……私は……てるてる坊主だから」 彼女はうつむいて顔を伏せた。その伏せた首が不自然に前にぐにゃりと折れる。 その首に荒縄がどこからともなく現れて、彼女の首に巻きついていく。 「わぁ……っ……っ」 私は叫んだ。彼女の首に巻きついた荒縄はそのまま彼女の首を締め付け、宙に吊るしたのだった。 彼女の四肢は床に向かってだらりと垂れ、生者のものではない。 私は席から転げ落ち、そのまま床を張って、壁際に逃げた。 「おじ……さま」 吊るされた加奈がゆっくりと首をもたげる。赤黒い顔……。生きてはいない。 「……た、すけ……て……」
「うわああああっっっ」
私は店から飛び出した。 これは夢なのか。夢であってくれ。 駅まで必死に駆け、何人もの通行人にぶつかり、倒したり、自分が地面にたたきつけられたりもした。だが、それでも起き上がり駆け続けた。 怒声が何べんも通過していく。しかし、私を止められはしなかった。 駅にたどりつき、すべりこんだ電車に乗り込み、やっと息を吐く。 も……もう大丈夫だ。 額にあふれた汗を拭いながら、ふと、電車の窓を目をやった。
……そこに、ヤツがいた。 窓に映る私の頭の後ろに、加奈の顔をしたてるてる坊主が、薄笑みを浮かべ、私をじっと見つめていたのだった。
|
|
|
|