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クリエイター名 |
小鳥遊美空 |
1
『桜の咲く季節に』
庭に桜が咲き誇り、家族に囲まれて過ごした、あの穏やかで暖かな昼下がり。 今思えば私は随分我が儘な子だった。 本当の幸せは、気がつかないだけで直ぐ傍にあったのに。 全てが壊れて、失って。 そして今、ホステスになった私がいる。
白いふわふわのワンピースから、黒いタイトなドレスへと。 お金を介して交わされる一夜の疑似恋愛。 欲望と絶望に塗れたこんな世界でも、私には友達と呼べる子が出来た。 年も境遇も似通った私達は直ぐに仲良くなった。 辛い事も、悲しい事も、二人で半分こ。 不安な夜も、寄り掛かれる誰かがいる。 それだけで、私はどれほど救われたか。
だけど、無情、無常。 彼女は客とのいざこざに巻き込まれ、非業の死を遂げた。 残された私は悟った、所詮、お金なのだと。 愛などと言うものは存在しない、お金が全てなんだと。 信じられるものは自分、裏切らないのはお金。 それからの私は前にも増して仕事に没頭した。 客に見せる無邪気で他愛ない笑顔が、まるで仮面のよう。 そんな薄っぺらい自分の表情にすら、最早感じるものは何もなくなった。
唐突にきた終わり。 嵌めらた、と気がついた時には全てを失っていた。 私が他人の痛みを考える事無く奪ってきたモノの報い。 必死になって執着したお金も、しがみついてきた地位も、欺瞞に満ち溢れた名誉も。 絶望、憎悪、憤怒、悔恨。 このままでは終われない、許さない、絶対に認めない。 身も心もぼろぼろになっても、執念だけが私の中に残っていた。
ざわわ、と夜風に吹かれ木々の枝が悲鳴をあげる。 春、気がつけば桜の季節。 しかし、未だ寒さを帯びた風が吹く。 そんな風に負ける事なく、白い花を咲き誇らせ、桜は立っている。 誘われるように、幹へと腰掛ける。 ふわり、と花弁が舞った。 不意に涙が頬を伝う。 何時の間に、季節を感じる事を忘れたのだろう。 蘇る懐かしい記憶。 頭も体も重いのに、心は何故か軽やかだった。 止まらない涙を拭おうともせず、私は眠りについた。
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