|
クリエイター名 |
小鳥遊美空 |
3
『秘密基地』
鬱蒼とした葦の密林を抜けると、そこは楽園だった。 ざわわ、と青嵐が駆けていく。 時折そよ吹く薫風が鼻腔を擽る。 綺羅綺羅と万華鏡の様な水鏡の煌めきに誘惑され河面を覗く。 小魚やザリガニが驚き慌てて身を隠した。 そんな水面下の騒動など意にも介せず水黽がすいすいと滑り行く。 遠い日の宝物に出会ったような感覚に懐かしさを覚え瞳を閉じ深呼吸。 肺が、むっとした青々しい草いきれに満たされた。 背の高い葦の森の中心にぽっかりと空いたこの場所は、世界から隔離された秘密の箱庭のように静謐で時間の流れがゆったりと流れているように思えた。
「おっさん、何しとん」 惚けていた私は甲高い声で現実に引き戻された。 おっさんと言う言葉に憤然としながら振り返る。 そこにはよれたTシャツに短パンを履いた少年がいた。 「ここはわいの秘密基地や、出てってや」 そう言われてよくよく周囲を見回してみる。 薄汚れた虫網、穴の空いたバケツ、枝に凧糸を結んだ手製の釣り竿。 来た時には気にも止めなかったが、なるほど子供の宝物が溢れていた。 得心がいき顔が綻ぶ。 私も昔は秘密基地を拵えたものだ。 潮風にざわつく松林を抜けて、浜辺の端に鎮座していた灰色の城壁。 テトラポットの隙間を縫い、秘密の場所を求めて探検したのを覚えている。 しかし残念な事に私は大人になった。 心を鬼にしなければならない。 「河川工事で危険な場所になるから此処で遊ぶのは止めて欲しいんだ」 「嫌や、わいが先に見つけたんや!」 少年には残酷な正論は感情論の即答で打ち消された。 私は考えた。 少年を追い払っても、男の帰巣本能がこの場所へと戻らせるだろう。 それではただのイタチごっこだ。 そう言えば私の時はどうして諦めたのだろうか? そう、確か 「『秘密』基地は誰かに知られた時点で秘密じゃなくなるんじゃないかい?」 こうだった。 悔しそうに私を睨みながら少年は駆けて行く。 新しい基地を求めて去るその背を、私はいつまでも見送った。
|
|
|
|