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クリエイター名 |
小鳥遊美空 |
4
『スプーンとぼく』
カッ、カッ、カッ。 今日もぼくはスプーンで壁を抉る。 スプーンの先が壁に接触する度に、ミリ単位のコンクリート片が飛んでいく。 壁の向こうにはぼくの知らない世界が在る。 まだ見ぬ未知への興奮がぼくの手を加速させる。
カッ、カッ、カッ。 今日もぼくはスプーンで壁を抉る。 スプーンの先が壁に接触する度に、少しづつぼくは前へと進んでいるんだと実感できる。 ただがむしゃらに、暗く先の見えない闇の向こうの光を求める。 まだ見ぬ太陽への渇望がぼくの手を加速させる。
カッ、カッ、コツン。 今日もぼくはスプーンで壁を抉っていた。 その刻は、唐突にやってきた。 小さな小さな穴の向こうから溢れ出る光。 眩い其れに目を細めながら、ふとスプーンへと視線を落とす。 数日ぼくと共に過ごした相棒は、変な方向にひしゃげ、無数の細かな傷がついている。 「ありがとう」 そっと一言呟き、胸ポケットに仕舞う。 そうして、ぼくは未知との邂逅を果たす。 穴の向こうには楽園が存在した。 黒、白、桃、赤、黄、緑、青。 様々な色彩に包まれた、たわわな果実達。 ぼくは感動の涙を流し、喝采する。 努力は必ず酬われる、ぼくはそう実感できた。
次の日、更衣室に開通させた覗き穴はあっけなく塞がれていた。 だけどぼくはめげなかったんだ。 諦めなければ、きっと願いは叶うって、知ることができたんだから。 何度でも穴を掘る、埋められたってね。
あれから数十年。 その時の燃えるような情熱があったからこそ今のぼくが在る。 建築史に残る長距離地下トンネル。 画期的な採掘システムを考案し、導入した最大の功績者として。 開通記念式典の挨拶の台に立つ。 胸ポケットから古びれたひしゃげたスプーンを取り出し、ふぅ、と息を吐く。 ぼくの大事なお守り。 胸ポケットにしまい直し、ぼくはマイクを握った。
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