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クリエイター名  南瀬那智
片恋

       □片恋(かたこい)□ 




 ずっと一緒だったから好きになったわけではない。
 偶然でも運命でもなく、ただ必然に恋をした。
 それはきっと誰でもなく、『彼』だったから。
 それがどれほど無謀な恋でも、落ちたその瞬間から止まることはない。



 相原青(あいはらしょう)には、好きな人がいる。
 その人とは小学校時代からの幼馴染。
 何をするのもどこへ行くのも常に一緒で、誰よりも『彼』のことを分かっている自信がある。
 好きな食べ物、好きな色、好きな映画、好きな音楽。全部言うことができる。
 どんな強敵が来ても負けやしない。なんせこっちは十年思い続けているのだから。
 青は、前の席に座っている西崎登馬(にしざきとうま)の背中を見つめながら思った。
 彼こそが、青が想いを寄せる人。
 高校に入学してから登馬の背は急に伸びて、声も一段と低くなってますます格好よくなってきた。
 体躯もしっかりしてきて、昔とは全く違う。
 昔から登馬の方が青よりも成長が早かった。
 けれどここまで差を付けられたのは初めてだ。頭一つ分は優に違う背丈。
 手の大きさも肩幅も、背中の広さも、同じ年の男同士なのに全然違う。
 登馬といるとよく周りから女みたいだって言われる。 
本当なら怒るところだと思う。けど、青はそれが少し嬉しくもあった。
 だって、恋人みたいだって言われてるような気がして。
登馬は女子生徒からすごい人気ある。登馬と話しがしたいと休み時間に他のクラスからもたくさん人がやってくるほどに。
 そんな彼女たちには抜け駆けしないという、暗黙の掟あると聞いたことがある。
 登馬は、みんなのものだと。
 だけどそれはおかしい。
 登馬は誰のものでもない。
 そして、いつか――――。

「おい、相原!! おい!!」
 数学の教師鴇遠(ときとお)に名前を呼ばれて、青は我に返った。
「は、はい」
「授業中にぼうとするとはいい度胸だな。この問題、前に出てきて問いてみろ」
 鴇遠は指し棒で黒板を叩き、青を急かす。
 青は黒板に書かれている数式を凝視した。
(わ、分かんない……)
「おい、いいから前に出てこい」 
 静かに椅子を引き立ち上がって、前に出ようと一歩足を踏み出した。
「痛っ!! 腹がっ!! やばい、死ぬ!!」
 いきなりの登馬の叫びに驚く。
 登馬は苦痛の形相でお腹をおさえている。
 それまで様子見だった他の生徒もざわめきだす。
「先生!! あんまりにもお腹が痛いので保健室行ってきます!! 丁度いい、相原くん僕を保健室まで連れてってくれるかい?」
「え? え?」
 青は予想もしてなかった出来事に驚き、鴇遠に視線を向けた。
「あ――、もういい連れてってやれ」
「は、はい」
 青は登馬に肩を貸しながら、教室を出た。

 保健室は教室が並ぶ一般棟の一階にある。そして現在、青たちがいるのは向かいにある、別棟。
 特別授業に使われる教室が並ぶここには、今は人影がなかった。
 青は辺りをきょろきょろと伺いながら、疑問に思った。
「登馬、こっちからじゃ遠回りになんない?」
 先ほど見た登馬は体調がすごく悪そうだったから、一刻も早くベッドに横たわった方がいいと青は思った。
 だけど登馬は無言で歩き続けしばらくして、ぴんと張ったいつも姿勢に戻り青に笑いかけた。
「大成功!!」
「え? 登馬、お腹は?」
「腹痛? 嘘に決まってんじゃん!! 鴇遠さあ、なんか青のこと目の敵にしてるじゃん。あの問題だって青が絶対解けないと分かって言ってきたしさ」  
「……」
 絶対解けないと断定されるのも、それはそれで虚しい気がする。
 実際、事実なのだが。
「まあさ、せっかくだしちょっとさぼろうぜ」
「さぼるなんて、大丈夫かな? 後でバレたりしない?」
「ばれたらばれたで適当に言い訳しといたらいいじゃん」
 そう笑いながら登馬は、軽やかな足取りで階段を駆け上がっていく。
「登馬、ちょっと待ってよ!!」
 青は登馬の背中に向かって叫ぶ。
 手を伸ばすと登馬がぎゅっと握り、引っ張ってくれる。
 こういう仕草はずっと、変わらない。
いつだって傍にいて、助けてくれる。
 青が困っていると必ずといっていいほど現れて、手を差し伸べてくれる。
 登馬はヒーローそのものだ。
 階段を上り切って白いペンキで塗られた鉄製の扉を、登馬が勢いよく押し開けた。
 青と登馬は手を繋いだまま、屋上に出て空を見上げた。
「いい天気じゃん!!」
「うん!! あ、飛行機雲だ」
 登馬と見る景色はどれもが特別に思える。
 有り触れた日常も、色を変えて見せてくれる。
 青は幸せな気分に浸っていたりながら、登馬をちらりと横目見た。
 目が合った瞬間、登馬が微笑む。それだけのことで心臓が破裂しそうなほど高鳴る。
(そういえば……)
 青はまだつながれたままの手に意識を向けた。
 小さい頃から何度もつないだことあるとはいえ、やはり緊張しないわけではない。
 掌から伝わってくる登馬の熱を感じると、身体中が火照りだして頭がくらくらしてくる。
 指のごつごつした感触も、手をつないでいるのだと改めて認識させられてどうにかなりそうだ。
「あ、ごめん。つないだままだったな」
 青の視線に気付いたのか、登馬は慌てて手を離した。 
「……ううん、大丈夫」
 気にしないでと言いながら首を横に振った。
 心の中では、もうちょっとつないでいたかったって叫んでる。
 だけどそれを口に出すわけにはいかない。
 言ってしまえば全てが終わる。そんな予感がする。
 友達でさえなくなるなら、このままでいい。
「でも今振り返えたっらさ、よく青と手つないで遊んでたよな」
「僕が、よく転んでたからだよね」
「そうそう。お前、何にもないとこでも転ぶもんだから」
 登馬は懐かしそうに目を細める。
「いつもありがとう、登馬」
「改まって何だよ」
 頬を仄かに赤らめながらそっぽを向く姿に、青の胸はもう一度大きく高鳴る。
 格好よくて時々可愛い、青の好きな人。
 多分この先これ以上に好きになれる人は、現れないんじゃないかって思う。
(だから、お願い……)
 もう少しこのまま夢を見させてください。
 登馬の隣で笑っていられる幸せな時間。
 会話がなくても穏やかに過ぎていく時を感じていたい。
 友達で、いいから。
 誰よりも一番近いところで、青に笑いかけれる時間を。
 後もう少しだけ。  









 
 
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