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クリエイター名 |
県 裕樹 |
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「な……何だ、コレ!?」 いつもと同じ時刻、いつもと同じ場所。そして周りにはいつもと同じ顔ぶれの知人たち。 だが、ひとつだけ違う事があった。そこに居た人たちは、皆その『違う事』の前で各々にリアクションしていた。 「あーあ、やっぱりかぁ」 こうなる事を、以前から予想していましたと言わんばかりに肩を竦める者。 「もう、探しても無駄だな。家に行ってもモヌケの空だろうぜ」 その責任を追及しようとするが、既にどうにもならないという事を悟る者。 「こうしちゃいらんねぇ!」 現状打破の為に、即行動を起こす者。
そんな中、彼だけはちょっと違っていた。 「……嘘だ、そんな事ってあるか! 25年もの間頑張り続けて、漸く腰を落ち着けて、これからだ! って時に……!」 貼り紙を睨み、暫くその場に立ち尽くし……そしてヘナヘナと膝を折る。 「しょーがないっスよ、課長。これは現実、どう足掻いたってどうにもならねぇっスよ」 貴様ら若造と一緒にするな……彼はそう叫びたかったに違いない。だが、彼に軽口をたたく若者の言も、間違ってはいない。 だが、彼は明日からどうやって生きて行けばいいのか、それすらも想像できない程にショックを受けていたのだ。
……そう。彼らが居るのは、彼らが勤める会社の自社ビル玄関前。 貼り紙には『当社は倒産しました』と云う旨の、短い文章が書かれていたのだ。
まさに、全てを失った……と言わんばかりに虚空を見上げるその男。名は湯沢崇(ゆざわ・たかし)、47歳のミドルエイジである。
***
寝耳に水……どころの話ではない。ある日突然、自分の生活を支える為の手段が、消えて無くなってしまったのだ。 それも、20代の若者ならば、まだやり直しも利くだろう。しかし崇は47歳、愛妻と二人の子を持つ一家の大黒柱だ。 ハローワークの戸を叩けば、様々な仕事の口があるだろう。だが、世の中そう上手く出来てはいない。
崇のような中年男、しかも管理職にある立場の者が失業したとして、新たな職を求めて仕事を探したとしよう。 現場一本槍で、確かな腕を持った『達人』レベルのビジネスマンであれば、即戦力として迎えてくれる企業も中にはあるかも知れない。しかし、そういった場合は求められるスキルも半端なく高いものだ。 増して、崇の場合は転職歴こそ無いものの、社内での異動回数が多く、大したキャリアを持っていない。 営業職として入社し、成績不振が続いて対外的な業務に向かないと判断されて企画課に異動した後、庶務へと異動して数年が経過した時、総務課長のポストに空きが出来た為、急遽そこに据えられたのだ。このような経歴では、職を転々としてフラフラと自堕落な生活をして来た者と大差はない。増して、47歳と云う年齢を考えれば、再就職そのものが難しいだろう。 ジョブチェンジをするには遅すぎるし、在職中に特技を身に着けた訳でも無い。運転免許以外の資格も持っていない。更に、雇う側としても若者と同じ給料で雇う訳にはいかないから、敬遠される。つまり崇は、求職者としては最も厳しい条件を持った状態で、寒空に放り出されてしまったのである。
まぁ、仮にも現代人。失職したからと云って、いきなり無一文になる訳では無い。 失業保険だって貰えるし、預金もそれなりにある。しかし『収入源』と云うものの存在がいきなり消失したとあっては、慌てるなと言う方が無理だろう。増して、崇は人事異動の回数は多いが、失職歴は一度も無い。転職は初めてなのだ。
「この事を、皆に何と言って説明すればいいんだ……」
崇は、そればかりを考えていた。 然もありなん、彼は人生で初めて『無職』と云う身分になったのだ。どう判断し、どのように再起すれば良いのかも、皆目わからないのだ。
「大体、俺は何も悪い事はしちゃいないんだぞ? なのに何故、こんな境遇に落とされねばならんのだ! 誰か納得できる答えを教えてくれ!」
背広姿の中年男が、昼間の公園をブラブラ歩いている。それは一見くたびれた営業マンにも見えるが、眼は死んだ魚のように淀んでいる。 ショックなのは分かるけど、そこまで落ち込むなんてどんだけ豆腐メンタル? とか思われるかも知れない。しかし、家族を抱えた男が職を失うというのは、それ程『ヤバい』事なのである。 ***
糸の切れた凧の如く、フラフラと街を彷徨っているうちに、時は夕刻を迎えていた。 (このままブラついていても、仕方がない……しかし、家族に合わせる顔が……) 崇は迷っていた。潔く皆に事情を打ち明け、一緒に打開策を練るべきか。それとも、暫くは真実を隠して、その間に別な仕事を探すべきかを。 無論、冷静に考えれば前者が正解である事は直ぐに判断できる。しかし、今の崇にそのような余裕はない。 (駄目だ、このままでは家に帰れない。お願いだ、誰か助けてくれ!) 考えれば考えるほど、泥沼に嵌まって行く。それは崇にも分かっていた……しかし、どうする事も出来ない。
と、その時。青白い顔を晒した崇を、呼び止める声があった。 「もし、そこの男の方……そう、貴方ですよ」 「はぁ……私に何か?」 「今、貴方はものすごく悩んでいますね?」 「な、何故わかるのですか!?」
……いや、分からない方が可笑しいのだが。それを判断できない程、崇は冷静さを失っていたのだ。
「オーラが出ています。とてつもなく深い、負のオーラが……」 「や、やはり! 私は何かに取り憑かれたんだ、これは悪魔の仕業なんだ!」
派手にパニックを起こしている崇は、とうとう妄言を吐き始めた。が、そんな彼を宥めつつ、男は言葉を紡いだ。
「落ち着いて……悪魔の仕業ではありません、但し大きく、そして深い闇が貴方を包んでいるのが、私には見える……」 「ど、どうすれば!」 「貴方は、例えばパソコンが止まってしまったり、異常な動き方をし始めたら、どうしますか?」 「えっ? ……電源を切って、再起動をすると思いますが……」
そうです! と、男は崇の肩を叩き、それが正解であると大袈裟なアクションで答えた。
「貴方の運命は、正常な軌道を外れて脱線している状態です。だから、修正してやる必要があるのです」 「私の……運命?」
言葉巧みに、男は崇を夢中にさせていく。占い師のような風体をしているが、お約束の筮竹や水晶玉などと云ったアイテムは持っていない。ただ、目深に被ったローブで顔を隠し、両手には白い手袋を着け、何やら分厚い本を携え、パラパラと捲られていくページと崇の目を交互に見据えながら、何やら唸っている。そして……
「これだ! 貴方は30年前、進路選択の際に大きなミスを犯していますね。これが原因と、私は思いますが」 「さ、30年前……私が高校生の頃……! そうだ、確かに私は迷っていた!」 「ならば、『それは間違いだ』と教えてあげれば……どうなるでしょうね?」 「そ、そうか!! 未来に何が起こるのか、過去の自分に教えてやれば……間違いは起こらない!!」
黒装束の男は、その場でただ頷き、崇を露店の椅子に座らせた。そして一呼吸置き、崇の目を見据えて、こう語った。
「但し、それを行うからには……相当なリスクを背負う事になりますが。それでも良いですか?」 「いま以上に酷いリスクなどあるものか! さあ、俺の未来を変えてくれ!」
崇は、もはや誰の忠言も聞き入れないであろう、酷い興奮状態に陥っていた。 それを見た黒装束の男は、ふっと笑みを零し、小さく呟いた。
「……私は、手助けをするに過ぎない。事を起こすのは、貴方自身ですよ」
そう言い終えると、男は崇の前に自らの指をかざし、絶対に目を離さないようにと注意を促した。
「さあ、戻りたい時代をイメージして……貴方は今から、運命を変えるための旅路に就くのです! 3・2・1……ゼロ!」 「……!!」
男の放った『合図』を聞いた崇は、そのままカクンと首を垂れ、意識を失ってしまった。 そんな彼を、男はニヤリと笑いながら眺め、こう呟いた。
「グッド・ラック……」
(後略)
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