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クリエイター名 |
ちか |
サンプル
「−白い終笛−」
毎年この街には冬が早く訪れる。 それにしても、その日は朝から冷え込んでいた。 道行く人々は挨拶を交わしながら早めの冬支度を相談しあっている。 ベッドの上で本を読んでいたフォルトは、階下からの 母の呼び掛けを聞いた。顔を上げた拍子に茶色の前髪が揺れる。
「降りてきてフォルト。すぐにお昼よ。あの子も帰ってくるわ。 お父さんも戻るんですって」
母の声は少女のように弾んでいる。
「家族揃ってお昼が食べられるなんて嬉しいわね」
母の声に返事をした彼は上着を着込んで階段を下りていく。 今日は体調を崩して、初めて学校を休んだのだ。 弟と競い合って皆勤を狙っていたのに。
ふらつく頭を抱え、フォルトは軽く口を尖らせる。 ふと弟の顔が浮かんだ。
熱を出した兄の顔を見て勝ち誇ったような、 しかし少し心配したような。
「じゃあそっちの分まで学校に行ってやるよ」
はっきり言って何の慰めにもなっていない。 弟は8才になった。最近とみに生意気な口をきく。 兄弟仲は決して悪くない。弟は確かに可愛いのだ。 しかし男二人の兄弟、派手な喧嘩も日常茶飯事である。 両親はさすがにもう諦めきっているようだ。
いつかは自分たちも夜を徹して酒を飲み明かし、家族の話や 政治の議論などに花を咲かせる日がやってくるのだろうか。
(でも何年も先のことだ)
今年12才のフォルトは思う。 それまではきっと、心の底では絆を意識しつつも、 兄弟喧嘩を繰り返していくのだろう。 熱のせいか、今日はいつになく弟のことを考える。 階段の手すりを握っているのに、少しよろけた。
「ただいま!!」
少年は勢いよくドアを開けた。 父も今帰ってきたばかりのようだ。上着も脱いでいない。 少年は周りを見回す。兄はまた熱が上がってきたのか、 赤い顔をしてテーブルの隅に座っていた。 朝に会った時に着ていた、青いストライプのパジャマのままだった。
「――――――近寄るな。移るぞ」
声も変だ。ここまで体調を崩した兄は初めて見る。 少年は構わず傍らに寄り、顔を覗き込む。
「まだ良くならない??」
兄は黙って頷く。体温計を口に含んだ彼を見て、少年は邪魔に ならないようにその横を離れた。
「今日はこの街で仕事なんだ。だから皆と一緒に昼食を食べたくてね」
母の頬にキスをした父が嬉しそうに話している。 父は隣の街で働いているのだ。帰りもいつも遅い。 明るい時刻に父とゆっくり話せる機会など滅多になかった。 兄の病気だけが気がかりであったが、少年はそれでも気分が 浮き立っていた。
昼食が終われば、近くにある学校にまた戻る。 それでもこのひとときは、彼にとってかけがえのない楽しい時間だった。
パンを口いっぱいに頬張りながら、弟は話し続ける。
「もうすぐサッカーの試合があるんだよ。選手に選ばれるといいなあ」 「お前ならなれるさ。運動神経いいもの」 「そう思う??父さん!!」
はしゃぐ弟の声が頭に響く。弱々しくスープをすすりながら、 フォルトはぶつぶつ呟いた。
「………お前も少し病気になれ。ああ、頭が痛い………」
いつもならここでくってかかるのが弟の常だ。 しかしこの時の彼は、なぜかとても素直だった。
「ごめんフォルト………うるさかった??静かにするよ」 「………いや………別にいいけど………」
ちょっと意表を突かれ、食事が止まる。 フォルトはもぞもぞ口ごもると再びスプーンを口に運んだ。 変に素直になられると、こちらは返答に困る。 弟はそれなりに兄を心配しているのだ。 素直な弟の瞳が、少しむず痒かった。
家族はいつもよりゆっくり昼食を取った。 料理を楽しみ、会話を楽しんだ。
ありふれたいつもの一日。ずっとずっと永遠に続く、幸せ。
−続−
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