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クリエイター名 |
樹シロカ |
ノベルサンプル2(現代乙女ゲーム風・柔らかめ)
『完璧超人と私』
寒い。右足が痛い。かばんが重い。 「はぁ……ついてないなぁ、もう」 まさか高1の若さで教室の掃除で足をくじくなんて。私ってば、どこのおばあちゃんなのよ。 保健室で一応湿布を貼ってもらったけど、それですぐに治るわけじゃないしね。 いつもはどうってことないバス停までの距離と、バスを降りてからの距離に絶望してしまう。 仲のいい友達には待たせちゃ悪いから先に帰ってもらったけど、やっぱり待ってもらえば良かった。 「しょうがない、かえろっと」 このペースじゃ家につく頃には、真っ暗になっちゃう。
「後ろ、乗る?」 え? ……って、完璧超人!? 「旭町なら近いから、送るけど」 爽やかな笑顔で微笑む相手は、久住一彦。 眉目秀麗、成績優秀、品行方正、多芸多才と、私の知ってる限りの四字熟語の褒め言葉があてはまるクラスメート。 なのでみんなは陰で『完璧超人』って呼んでる。 っていうか、今さらっと聞き流しそうになったけど…… 「ど、どうして私の家を知ってるの?」 「あれ? 僕、もしかして印象薄いのかな」 困ったように頭をかいてる。 家の近所で会った? それとも何かのときに話した? ……覚えてない。 「とにかく、その足で帰るの大変じゃない? 僕の家、桜町だから」 中学は違うけど、隣町。 正直言うと、すっごくありがたい。でも。 「どうしたの?」 かたむけた自転車は、サイクリング車。……つかまるところ、ないんですけど。 結局、久住君のリュックを背負い自分の鞄を抱えて、私は荷台に座った。 「お、おじゃま、します」 目の前に久住君のコートの背中。その裾をつまむみたいに掴む。 「落ちないように気をつけて」 滑り出した自転車。思ったより、早い。そして怖い! 「ひゃあああああ」 カーブを曲がるときに思わず叫び声をあげてしまったぐらいに、男子の漕ぐ自転車は早かった。 でも楽ちん。久住君の背中を拝んじゃう。 そう思った瞬間、信号にかかった。 「ぶふっ!?」 つんのめった私は、久住君の背中におもいきり顔をぶつけてしまう。 「大丈夫?」 ふ、振り向かないで! 背骨の動く感じが、顔に伝わる。それが妙に生々しくて、思わず頬が熱くなる。
家まであともう少し、というところで、久住君が言った。 「ちょっとだけ、寄り道していいよね」 「え? あ、はい」 私の家の近くで、少しわき道にそれる。 緩い上り坂を上がると、道路を見下ろす場所に児童公園がある。 小学生の頃、よくここで遊んだっけ。今見ると、小さいな。 そんなことをぼーっと考えてたら、久住君がそこで自転車を止めた。 「ほんとに覚えてない? 僕、ここで君と逢ってるんだけどな」 「え……?」 何を言い出すのだろう。だって私が、もう何年もここに来てないのに。 「そこの砂場でさ、君が友達と砂山作ってて。僕が犬をけしかけた」 「あーーーーーーっ!!」 思い出した。 今は引っ越しちゃった、仲良しのお友達とよくここで砂遊びしてた。 ある日、知らない男の子が犬を連れてきて放したら、友達にじゃれついて。 怖がりだったその子は、わんわん泣き出しちゃったの。 「あのときの、悪ガキ!!」 そう言われてみれば、ちょっと似てる気もする。 頭良さそうで、何か企んでそうな目とか。
久住君は楽しそうに笑ってる。 「あの時の君ってば、鼻息荒く近付いて来てさ。いきなり僕に頭突きしてきたんだよね」 ……思い出した。完全に、思い出した。 腹が立って腹が立って。どうしてやろうか考えて、相手の男の子の胸に向かって頭突きしたんだ。 しかもその後…… 「とどめにたんか切って来てさ。『ばかっ! 犬に頼るなんて最低! この公園に二度とくんな!』だもんね……!」 うわあああああ。 どうしよう、すっごい恥ずかしい。 いや、でも待って、悪いのは当時の久住君だよね。でも頭突きはちょっと、あれかもしれない。 「僕、引越して来たばかりでさ。犬の散歩でちょっと遠くまで来てたんだよね。で、女の子から反撃食らって悔しくてさ。今でもそのときのこと、はっきり覚えてるよ」 久住君はまだくすくす笑ってる。 すると突然、真顔になった。 「僕ってさ、子供の頃いい子やってて。親にも先生にも怒られたことなんてなかったんだよね」 うわ、なにそれ。歪んでる。 というか、今もあんまり変わってない気もするけど。 「だから、君にあのとき怒られたのが、人生初めての叱責だったんだ。うん、ほんと嫌な悪ガキだよね。ごめんね?」 すごい、いい笑顔。何これ。 しどろもどろになってしまう。 「え、えと……私こそ、やりすぎだったかも……?」
そのときだった。 鞄の中の携帯が、メール着信を知らせる。 取り出してみると、仲良しのクラスメートから。 『ちょっと、完璧超人と付き合ってるってほんと!? 仲良く自転車で帰ったって聞いたけど!?』 ぎゃああああ。 なんでこんなに早く噂って広まるの! 慌てて短い返信を打つ。 『誤解! 誤解だから! 後で詳しく連絡する!』 焦りまくる私におかまいなしに、久住君は笑顔を向けた。 「だから高校で君を見かけて、僕はすぐに判った。あのときの子だって」 ひえー。そんな記憶ワスレテクダサイ! 久住君は私の混乱なんかお構いなしに、すごくすっきりした顔で伸びをした。 「うん、でもちょっとショックだな。ほんとに忘れられてたんだ」 悪ガキの記憶と、完璧超人が一致する訳ないじゃない。 そう言いたかったけど、相手が自分を覚えてるのに、自分が相手を忘れてたのはなんとなくバツが悪い。 「えと、ごめんね。もしかして、それが言いたくて送ってくれたの……?」 久住君はにっこりと笑った。
そして家の前まで送ってもらって、私はハッと気付く。 道案内してないのに、家まで迷わず着いたのって、なんで? 「久住君、公園はともかく、何で私の家を知ってるの……?」 「ああ、実はあの後何度か公園に行ったんだよね。で、君に声を掛けられないまま、何度か家までついきちゃった」 げ。それってストーカーじゃない。 もしかして久住君て、すっごい根に持つタイプなんじゃ……。 「じゃ、また明日。7時30分に迎えに来るね」 ふわりと自転車に跨って、完璧超人は走り去った。 「え、明日? って、ええええええ!?」 久住君、ほんとに謝りたかったの? 実は頭突きの復讐じゃないの!? 私は足の痛むのも忘れて、しばらく家の前で放心。 鞄の中では、メールの着信音が鳴り響いていた。
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