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クリエイター名 |
KOALA |
サンプル
●生きていたメッセージ(一部抜粋)
2001年9月11日…
その日のマンハッタン島は、朝から珍しく好天に恵まれていた。 スカイブルーの絵の具を惜し気もなくパレットにひねり出し、それを筆で画用紙に豪快に塗りたくったような水色の空は、見ていて気持ちがよかった。 ハドソン川の河口から登ってくる朝日が、聳え立つ摩天楼の壁面をキラキラと輝かせ、その光景は見ている者にとって夢心地のような感覚を与える。相変わらず同じ姿勢でリバティ島に立つ仏蘭西製の女神は、その朝日に向かって今日もウィンクをしたに違いない。 下界では今頃せわしなく人々がスーツ姿で蠢いて、それぞれのオフィスに向かっている頃だろう。いつもの時間に家を出てれば、セントラルパークの中をつっきって、小気味よい小鳥の囀りと、挨拶と共にいつも長話を吹っ掛けてこようとする老爺の顔を見れたのだが、今日はそうもいかなかった。
「Hey! Good morning! 珍しく早いな、トーレス。俺より早く来てるなんて勲章ものだ。」
地上350メートルの天界からの光景に見入っていた私に、同僚のサムがコロンビア豆を挽いたモーニングコーヒーのカップを2つ持ってやってくる。 彼はそのカップの1つを私に差し出すと、同じく、外の光景に目を向かわせた。
「今日はよく晴れやがったな。ヤンキースもこの調子で突っ走ってもらいたいもんだぜ。」
アフリカンのサム=オーエンは根っからのニューヨーク・ヤンキース贔屓だ。ナ・リーグ嫌いなサムはメッツには興味がないらしく、しばしばヤンキースとメッツの比較をしては、ヤンキースの肩をもつ発言を繰返す。短いパンチパーマ頭でロジャー=クレメンスやロビン=ベンチュラを絶賛する時の顔は、子供のようにあどけない。もともとベースボールには興味がなかった私は、いつも彼の蘊蓄やら愚痴やらを聞かされて辟易するのだが…。とくに、ヤンキースが負けた後の翌朝など、ウオッカ1瓶をストレートで飲んだ後の二日酔いよりも酷い惨状になる。
「こんな日はハドソン川の観覧船にでも乗って、ランチを頬張ってビールで一杯したいよなぁ。がははは。」
サムは割腹の良い笑いを浮かべながら、得意の口笛を吹いて自分のデスクへ戻る。あんな奴だが、これでも私の上司なのだ。
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